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77 夫婦





 唐突に、私は目を開いた。






「……っ、…………!」



 突き出していた右手を見る。その先には白い天井。



「……はぁっ、はぁっ」



 右手を胸に当て、上体を起こした。荒い呼吸を整える。



 あ……れ……? ここはどこだろう。



 私はパジャマを着てベッドの上にいた。

 周囲を見渡す。そこは病室のようで、明るい窓辺には黄色と白の花が飾られていた。



 私、確か夜の海辺で龍君と話していた筈なんだけど……?



 状況が分からずに、パジャマの胸の部分を握ったままキョロキョロし続けた。



 そんな時、病室のドアが開いて年配の男の人が入って来た。



 白髪のたくさん交じった髪は短く整っている。茶色い半袖のポロシャツに黒のズボン。年齢は六十代くらいに見えた。痩せていて、骨ばった腕は日に焼けている。男性の平均よりもやや小柄な体格。


 私は驚きで目を瞠った。……嘘でしょ?


 彼は見つめている私に気付いたようで、こちらに微笑みをくれた。




 少しだけ……首を右に傾けて。







「とお、る?」





 喋ってすぐに自らの喉を押さえた。声がいつもと違う。歌い過ぎて喉が嗄れた時みたいな声。

 近くで見た自分の手の甲も、皺や血管が多く浮き出ている。皮膚はカサついているし。


 理解の追いつかない状況から戸惑いと焦りが大きくなっていた私に、年を取った姿の透が話しかけてくる。


「ボクだって分かるんだね?」


 彼はベッドの側へ歩み寄り、丸椅子に腰を下ろした。


 顔に不安な感情が滲み出ていたのだろう。彼をじっと見続けていたら心配させてしまったようで、優しい声音で提案された。



「何かよくない夢を見た? 大丈夫だよ。ボクがここにいるから、もう少し寝てなよ」



 促されるまま再び横になった。横になってからも彼を見ていたら、透は微笑んでそっと右手を握ってくれた。


 瞼が重くなってくる。微睡みの中で薄ら考える。


 ああそうか、私……。どうしても子供が欲しくて小学生の頃に修学旅行で行った海へ、未神石を探しに行ったんだ。


 それも、もう三十年以上前の事。


 目を閉じる。頬を涙が流れる感触があるけど、眠たさに負けて拭う事はできなかった。


 あの日、海で倒れてたんだっけ。それから…………あれ? それから……?







「これは独り言だから、起きてから憶えていても夢だと思ってほしい」







 透の声がする。目を瞑ったまま、まるで揺り籠に揺られている心地で聴いていた。



「ボクは……ボクたちは『本物』じゃないんだ。この世界は復元された星の記憶を利用した体験型施設のようなものだ。『人間』に必要な『感情』を学ぶ為の。今の時代、その重要性が見直されてきているからね。ボクらは『人間』として創られた生き物だから、ここで学べる事も多い筈だ。『記憶』のない君たちと違って、ボクはこの体……『アバター』って言った方が近いのかな? どっちでもいいけど、慣れるのに時間がかかったよ。学生の頃は体育の成績も悪かったな」



 傍で抑え気味に笑った気配がする。私の頭に、温かな手が触れる感触があった。

 穏やかに撫でられながらも私は夢現に、うたのように語られる声へと意識を揺蕩わせていた。



「この『ワズ』の中にある地球は、『本物』そっくりで悲し過ぎる。ボクには『本物』の記憶がある。生きていると辛い事や悲しい事もたくさんあって、誰かの『父』になる事もとっくの昔に諦めてしまっていた。そのせいで由利ちゃんに後悔させてしまった事を、ボクはずっと後悔していたんだ。……ごめんね」



 頬に涙が落ちる。静かに唇を噛んだ。

 夢ならいいのに。これが夢で、またやり直せるんだったら。



 彼を抱きしめて、その悲しみを私も一緒に背負いたいと思った。




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