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74 彼の願い




「勇輝をこの人生で長生きさせてほしい」




「おや……?」


 龍君が願いを唱えた後、聞こえた『響き』の声色が今までと少し違う。微妙に変化したように感じたのは気のせいじゃないと思う。



「試すような事、やめてよね」



 暗めの落ち着いた印象の声音で『響き』は抗議する。龍君の口角が僅かに上がった。



「もしかして『長生き』が矛盾する? 何故? 『長生きしたい』という願いは『願い』の代償の短命と矛盾するからダメなんだろうけど、願う本人じゃなければ差し支えない筈だ。まさか?」


「ああ、そうだよ」



 龍君の追及に、半ば投げやり気味にも思えるぶっきらぼうな物言いの『響き』。



「しかも願いの内容も関連してる」


「……ありがとう」



 ぶつぶつ言いかけた『響き』へ、下を向いた龍君が小さくお礼を口にする。

 私はこの一連の流れが何を指しているのか分からず龍君の表情を窺った。彼の顔は陰っていてどことなくショックを受けているようにも見える。



「ふん。元から君には……この生で願いを叶える資格はなかったようだね。『願い』を却下する。そっちの人もね!」



 『響き』に突然、話を振られてビクついた。


 そっちの人って……私の事?



「願いを叶える資格がないって……龍君、もしかして前の人生で何か願ったの? 既に短命だから叶えられないって事?」


 心配になって聞くと、彼は首を横に振った。



「僕が願ったのは一度目の人生でだけ。願いが却下されたのは、恐らく一つ前の人生で勇輝が未神石に何らかの願いを言ったからだ」


「え……」



 龍君の話を聞いて言葉に詰まった。彼は私に心配するような瞳を向けつつ続きを口にする。



「だとしたら、この生での勇輝は短命になる。だから僕の言った『勇輝を長生きさせてほしい』という願いと矛盾する」


「そんな……っ」



 愕然とした。しばらく何も言えずに足元を見つめた。命を削ってまでして、勇輝は何を願ったというの?



「勇輝はきっと……、僕らに長生きしてほしいと願ったんだと思う」


 ぽつりと呟かれた龍君の言葉に『響き』が反応する。


「……まぁ、『願い』を却下したから理由を教えようとは思っていたんだけど、そこまで分かっているのなら……そうだな。『勇輝』とやらの願いの対象が複数あったから代償が大きくなったって事も教えておく。『勇輝』は今回、生まれてさえこないだろうな」



 目を瞠って『響き』が聞こえた虚空を見る。


 この人生では勇輝に会えない?




「少しの可能性もない?」


「ない」




 私の小さく口にした問いかけに、『響き』が無情に即答する。

 見開く目から、込み上げた涙が零れるのを感じた。


 優しい我が子の姿が思い起こされ、胸が締め付けられる。



「もしかして、私が早くに死んだから? 私のせいだ……!」


「由利花ちゃん、落ち着いて」



 取り乱す私の両腕を押さえて、龍君が宥めるように言い含めてくる。


「僕も早くに死んだし、由利花ちゃんのせいじゃない。元はと言えば……僕が悪い。一度目の人生から未神石に頼っていた僕が、一番悪いんだ」


 その言葉に疑問を持ち、彼を見上げた。普段は端正な顔が、何かを堪えているようにくしゃっと歪んでいる。



「自分に自信がなくて、一度目の人生では由利花ちゃんに好きだった事を告白できなかった。三十七歳の時、どうする事もできない自分がもどかしくて未神石の力を借りたんだ。……だから君は二度目の人生で透君でも志崎でもなく僕を…………僕を選んでくれた」



 ただ開いた目で彼を見つめていた。龍君の言っている事に思考が追いつかない。

 彼は疲れたように少し笑って、私の右肩にその額を預けた。



「一度目の人生で僕が願ったのは『由利花ちゃん』。由利花ちゃんを望んだんだ」



 告げられて、言葉を失くした。



「本当は! 全部自分の為なんだ。勇輝の事もそうだよ。確かな未来なんてないから。由利花ちゃんはこの先、志崎を選ぶかもしれない。透君かもしれない。僕は結局、一度目の僕と何も変わっていない。臆病で卑怯者なんだ」


 龍君が私の肩から頭を離した。俯きがちに薄く笑って、彼は言った。




「君は知らなかっただろうけど、志崎を君に近付かせないようにしてた。一度目も、二度目も、三度目の人生でも!」




 やっと理解した。私の脳裏に二度目の人生で五年生の時、傷だらけだった龍君の姿が浮かんだ。ずっと引っ掛かっていた。


 ケンカの相手は志崎君だったんだね。





「失望したでしょ?」


 皮肉めいた表情で嘲笑する龍君に苦笑する。私は言葉をゆっくりと吐き出した。


「うん、失望した」


 傷付いたように瞠られていた瞳は一瞬だけで、視線を下へと逸らした彼は穏やかに笑った。


「そっか」



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