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72 世界の齟齬



 私が龍君の腕を押さえて止めようとしたせいで、龍君は一度持ち上げた未神石を落としたようだった。



「あっ」


 彼の呟きと共に私の左横で「カチッ」と石と石のぶつかる音がした。


 一度目の人生で私が見つけた未神石は楕円で少し平たかったけど、この石はそれよりも三分の二程の大きさでもっと厚みがあってずんぐりした感じだ。


 咄嗟に手を伸ばし未神石を掴み立ち上がった。龍君と距離を置いて向かい合う。




「……由利花ちゃん、その石を渡して」


「嫌」


 胸の前に両手で握り締めて、龍君の要求を拒んだ。


 その時、手にピリッとした僅かな痛みがあり石を見た。薄く青く光っている。

 一瞬、何とも表現し難い感覚があった。この場の空間が揺らいだような妙な気付き。そして違和感。




「誰か、近くにいる……?」



 見えないけど、私たちのほかに誰かが傍にいる気配がするのだ。返事があるとは思っていなかった。けれど私は暗い海辺へ呼びかけずにはいられなかった。普通ならこんな場面とても怖ろしく感じそうなものだけど、無性にその気配の正体を確かめたい気持ちになった。





「君たち『人間』には見えない筈だ。まだ『我ら』を認識する感覚が備わっていないから」





 突然、右横から聞こえた『響き』に目を大きく瞠る。私の右側には誰もいない。目を凝らすけど月明りに照らされた岩場があるだけだ。


 『声』というより『響き』のように聞こえた。何かに反響しているような、まるでこことは違う場所で喋っているような。



 目を最大に見開いたまま首を横に向けた姿勢で静止していると、その『響き』が話しかけてきた。



「やあ、君たちは二人とも『二回目』の利用だね。『二回目』だから説明は省きたいところなんだけど、『一回目』であった説明の記憶がない筈だ。『我ら』と接触した記憶は『石』の使用時消去するルールになっている。尚『石』の使用後、記憶が安定しない事がある。これは予期しない事象であり影響の範囲は『ワズ』内。『石』の使用者はこれを了承したものとする」



 『響き』は淡々と説明を続けている。私はポカーンと誰も見当たらない海辺を眺めていた。



「ちょっと待って」


 私の左側にいた龍君が口を挟んだ。


「さっき言ってた『ワズ』って何? それにあなたはもしかして地球外生命体?」


 龍君が質問した後、少し間があった。『響き』はこう答えた。



「『我』は主に『石』についての案内が役割だ。『プレイヤー』への回答は制限されている。『マスター』であればあるいは……。しかし『重大な規約違反』になる恐れがある」



「……」


「……えっ?」


 龍君同様、私も沈黙して『響き』の語る内容を理解しようとしていた。けど何か変な話になってきて思わず声を漏らしてしまった。


「な、何だかゲームみたいな話だね、龍君」


 龍君は見えないけど存在する『誰か』のいそうな辺りをきつく見つめて、まだ考え込んでいる様子だ。



「『石』の説明に戻っていいかな? 『石』の使用後に回帰した生で願いは叶う。効果は一度。代償として願いが成就する生では短命となる。あぁ、そうそう。例えば『長生きしたい』等の矛盾が生じそうな願いは却下だよ」


 『響き』の告げた事柄にハッと我に返った。





 『響き』が私たちへ語りかける。落ち着くようなトーンで少しゆっくりめに伝えられる言葉。

 でも、その指すところがとても怖ろしいと解るから震えがくるのだろう。



「さあ、一人ずつ願いを教えて」



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