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60 伝えられた事



 いよいよ本気で頭がおかしいと思われたようだ。

 咲月ちゃんに手で額の熱を測られたし、雪絵ちゃんにはこれ以上ないくらい疑わしげに睨まれた。



「笹木さん」


 雪絵ちゃんが自身の頭に手を当て、首を左右に振りながら聞いてくる。



「もう一度言って? 私の聞き間違いじゃなかったらゆうきって人はあなたの息子って言ってた?」



 ははは……。疑いたくなるのも無理はない。私は苦笑いで肯定した。



「うん、そうだよ。勇輝は私の息子。この三度目の人生ではまだ鈴谷君と結婚してないし、未来で勇輝が生まれてきてくれるとは限らないけど」



「待って……! ちょっと待って由利花ちゃん! よく分からないところがあるの。その『三度目の人生』って何? 何の事?」



 咲月ちゃんが手元でメモ帳に忙しなくシャーペンを走らせつつ質問してくる。

 私は二人に向かい微笑んだ。



「私、実はこの人生を生きるの三回目なんだ。また同じ『私』を繰り返してるの」



 テーブルの上、私の両手で触れるコップの中で……昇っては弾ける透明な水泡を見つめる。



「打ち明けて、変な子って嫌われるのが怖くて、ずっと言えなかった」



 私は意を決して顔を上げた。



「ごめんね」



 そう笑った。二人の表情を知るのが怖かった。


 彼女たちにどう反応されるかとか、どう思われるか……そんなの彼女たち次第だ。私はどうありたかったのか、彼女たちに対してどんな人になりたいのか。その方が肝要だったのだと思った。


 二人は、テストで難問に直面した時のような顔をしていた。



「すぐには呑み込めない話ね」


 雪絵ちゃんが呟く。口元にこぶしを当ててテーブルの上に視線を落とした姿勢の彼女は眉間に深い皺を作った。


「あなたが意味もなくこんな変な嘘をつけるとも思えないし」


 そして彼女はチラッと……横に座る咲月ちゃんの表情を気にしている。



「分かった!」


 咲月ちゃんが大きめの声で得心したように笑った。


「何かの遊びをしてる? 由利花ちゃん。何かそういう役になりきる縛りの遊び。今日ここに集まったのも、もしかしてそういう遊びの招集?」



 ……そうだよね。普通はきっとこんな反応されるよね。


 覚悟していた事とはいえ、落胆してしまったのを悟られないように苦笑した。


「ごめんね。急に変な事言い出して。信じるのも信じないのも、雪絵ちゃんや咲月ちゃんに任せるよ。聞いてくれてありがとう」


 声が震えないようにするのに必死だった。




「話は終わった? ボク、早くこの場から帰りたいんだけど。さっさと済ませよう」


 口出ししてきたのは、今まで左手でテーブルに頬杖をついてしらーっとした目で私たちのやり取りを眺めていた透。


「……遊びか。役になりきる遊び。言い得て妙だな」


 そう小さく笑った透は、笑みを消して頬杖をやめた。あぐらに座った格好のままこちらへ向き直り、真顔でこう言った。


「俺も真剣に生きてみようかな。勇輝の事もあるし次の人生でもいいかなとは思ってたけど、やっぱやめる。勇輝の思いを俺の欲の為に利用したくない。だから、先に『伝言』を教える。ちゃんと聞いてろよ?」




 今までの透らしからぬ言動で語られる『勇輝』についての話。




 龍君が亡くなってから勇輝と度々話す機会があった事。


 勇輝は私の生前から透が家の近くをうろついていた事に気付いていた事。


 勇輝と話をするのが透にとってどこか心の拠り所になっていた事。







「あいつは言ってた。『おじさん、もし次の人生でも憶えてたら伝えて。僕は幸せに生きましたって。そうなるように生きるから』……それが勇輝からの伝言だ」




 私は伝えられた言葉を……勇輝からの伝言を噛み締めた。




「ありがとうっ……透……!」




 きっと……勇輝は幸せに生きただろう。もう悔いはない。



 零れてしまった涙を払い微笑んだ。





「由利ちゃん、ボクとやり直さない?」



 その言葉に引っ掛かるものを感じ、透をもう一度見た。

 彼は控えめに微笑して私に告げた。



「ボク、本当は君と結婚してた時の記憶、あるんだよね」




毎度、遅くて申し訳ありません。

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