56 お天気雨
「え……?」
龍君はポカンとした目をして私を見つめた。
どうやら私の予測は外れたようだ。きっと私の「勇輝が死んでいなかったらよかったのに」という願望が、ある筈もない勘違いを生み出したのだ。
「あっ……ごめん。そんな筈ないよね。ごめんね。私が一番よく分かってる筈なのに……」
期待した分、落ちた気持ちが私に涙を滲ませる。情けない姿を見られたくなくて視線を外し右に顔を背けた。
「まさか……由利花ちゃん、勇輝があの時事故で死んだと思ってるの?」
龍君に言われた言葉を理解するのに二秒程かかったと思う。
見上げると、彼も私の両腕を掴んで言い含めるようにゆっくり教えてくれた。
「勇輝はあの時死んでない。トラックはブレーキが間に合ってギリギリで二人にぶつからなかったんだ」
「え……っ、え?」
トラックと接触していない……? それならば何故私は死んだのだろう。
混乱している私を宥めるように、龍君が右手でそっと頭を撫でてくれる。
「由利花ちゃんはあの時……道路に倒れた拍子に勇輝が落としていた車のおもちゃで胸を強く打ち、心室細動っていう不整脈が起きて心停止に至ったのでは……と病院で説明を受けた。トラックに乗っていた人は最初勇輝には気付いていなかったけど、由利花ちゃんが飛び出して来たからブレーキを踏めたって言ってたよ」
龍君の目が潤んでいく。あの時の事を思い出させてしまった。
「ごめん龍君。いきなり気分の悪い事思い出させちゃって」
彼は首を振った。
「いいんだ。だって由利花ちゃんはまた僕の元へ戻って来てくれた。あの時の事、ずっと怖くて聞けなかった。聞いたら由利花ちゃんがまた僕の事を忘れてしまうかもしれないって。由利花ちゃんは憶えてないかもしれないけど、あの時僕が名前を呼んだら一度だけ目を開けてくれたよね。何て言おうとしてたの……?」
意識が闇から浮上した時、龍君は泣きながら私を呼び続けてくれていた。
私も右手で龍君の頭を摩った。
「『泣かないで。私は大丈夫だから心配しないで』って言いたかったの。ごめんね。ずっと独りにしてごめんね」
涙を溢れさせた龍君は首をゆっくり振っている。
「勇輝がいたから何とかがむしゃらに生きれたよ。短い人生だったけどね」
そう龍君は笑った。
「僕の方こそ守れなくてごめん。あの時、僕だけコンビニに行ってなければってずっと後悔してた。……それから、もう一つ謝らないといけない事があって。僕、四十歳で勤め先の工場の火災で死んだんだ。だから勇輝を独り残してしまった。その時勇輝は二十歳で成人はしていたんだけど、ずっと気がかりだった」
私も、溢れた涙が自らの頬を伝う感覚に左手で顔を拭った。
「ごめんっ、由利花ちゃんを不安にさせたくなくて言えなかったんだけど……」
「ううん、違うの」
私は龍君を見上げて微笑んだ。
「勇輝が……私が死んだ後も生きててくれたんだなぁって嬉しくて。嬉しくて……龍君、ありがとう」
変だな。二人して泣いてるのに笑ってる。
勇輝は私がいなくなった後の世界にちゃんと生きているんだ。
ずっと心に穴が空いているようだった虚しさが、温かい気持ちで満たされていく。
「透君が僕より長生きしたって聞いて……、僕が死んだ後の勇輝の様子を知ってるのかなって思った。僕が知りたがってる事も知ってるって言ってたのはきっと勇輝の事だと思ったんだ」
龍君が微笑んだ。彼がたまに見せる陰りのような表情の曇りが、晴れたような……そんな清々しい笑顔だった。
その時、小学校の方からチャイムの音が聞こえた。
あ、あれ?
「龍君……」
「由利花ちゃん、行こうっ」
龍君に手を引かれて走った。
遅刻なのは確実だったけど、龍君と一緒だから何も心配いらない。
私はその日、やっと勇輝の行方を知る事ができた。
歩道橋をパタパタ走っていると、いいお天気なのに小雨が降っていた。
雨粒に光が反射して街が輝いて見えた。
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それなのに投稿遅くてすみません。常習犯です。




