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54 矛盾


 龍君は移動して来た私に向かい合うようにあぐらのまま右を向き、私はその正面に膝立ちになった。

 彼の両肩に手を置いた。その後方にあるベッドの側面に慎重に押し付ける。後方へ少し斜めに傾けられても彼は文句の一つも言わず私にされるがままだ。


 左手はそのままに右手の人差し指で彼の左脇腹をつっついた。龍君がピクッと揺れる。



「待って由利花ちゃん、それはダメだ」


「ダメじゃない、動かないで。私に手出ししないんでしょ?」



 彼は左手で私の右手を捕まえようとしたけど、それをけて逆にその手を捕まえた。今まで龍君の肩にあった左手をがら空きだった彼の右脇腹に滑らせる。



「うっ」



 プルプル震えながらヒーヒー言い出す龍君を見下ろして、私は微笑みを浮かべた。それは悪魔的な笑みだったと自覚があった。



「ごめん、僕が悪かったって」



 そう言って彼は右手であっさり私の横暴を止めた。


「あらら」


 どうやら私のターンは終わってしまったようだ。短い天下なのは分かっていたけどね。




 言葉を忘れたように口を閉ざす彼の、瞳だけが語りかけてくる。





 誘われるまま相手の口に自分の唇を重ねた。






 三度目の人生で初めてのキスを龍君に捧げた。












 気持ちを確かめ合うように口付けた後、その一度だけで体を離した。


 二度目の人生でお互いを深く知っているので、頭で考えて行き過ぎないように自制心を働かせるしかない。若い体に引っ張られないように。まだ小六でこの先は早過ぎる。目も当てられない。



 心では子供を失うのが怖くて私には望む資格がないとか思っているくせに、本能はそうじゃない。

 私の中の大きな矛盾と埋まる事なくそこにあり続ける喪失感。永遠に救いなんてない気がする。



 再び元のあぐらに座り直した龍君が神妙な面持ちでこちらを見つめている。


「由利花ちゃん、話さないといけない事があるんだ」


 彼は言い難そうに斜め下に視線を逸らした。


「ごめん。僕……」


 その時、部屋のドアがノックされた。龍君のお母さんが戸口からひょこっと顔を出した。


「邪魔しちゃってゴメンね~。由利花ちゃん、お母さんから電話があって帰りにお塩買って来てほしいんだって」


「あ、わかりました。ありがとうございます」


 私はチラッと龍君を見る。彼はばつが悪そうに微笑んだ。


「この話はまた今度にしよう。もう帰った方がいいよ」


「……うん。龍君がそう言うなら、そうさせてもらうね。今日は色々ありがとう。また明日ね」


 ケーキの皿やコップを二階に持って行き、玄関で龍君と龍君のお母さんに挨拶してお暇した。



 近所にできたばかりのコンビニに寄って塩を買って帰った。







 最後の話は何についてだったのだろう。言いかけた龍君の表情は深刻そうだった。















 お風呂上りにふと思い出して透から渡された手紙を机の上に置いた。


 一体何が書いてあるのだろう?


 ハサミで上辺を切って開け、便箋を取り出した。

 封筒と同じく茶色の縁取りの白いその紙には、大きめの少し歪んだ透っぽい文字。








『由利花ちゃん。誕生日おめでとう。勇輝からの伝言がある。いずれ伝える。でもこの事を鈴谷に言ったら永遠に教えてあげない。あと緑の石には気を付けて』
























「え……?」







 頭が一瞬何も考えられなくなった。便箋を破ってしまいそうな程震え出した手を必死に抑えた。














 透は勇輝と面識がある……?





いつも遅くてすみません。



追記 2022.09.27

「終わってしまったようだった」を「終わってしまったようだ」に修正しました。


追記2024.8.30

「私は」「私を見上げる」を削除、「彼の」を「相手の」、「そう言った」を「そう言って」に修正しました。

「彼は言葉を忘れたように口を閉ざした。」を「言葉を忘れたように口を閉ざす彼の、」に修正しました。

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