51 一人の私と二人の夫
「この子が……? もしかして由利花ちゃんの一度目の人生での『夫』?」
私の隣に立ち少し前に屈むようにして透をジロジロ見回している龍君。その視線が気に入らなかったのか透はあからさまにぶすっとした顔になった。
龍君の問いに私が答えるよりも早く、透が返事をした。
「そうみたいですよ? 二・番・目の『夫』の鈴谷さん」
その声音が嫌味っぽく聞こえるのは私だけだろうか?
腕を組んだ透と表面は微笑んでいるけど内心怒っていそうな龍君が静かに顔を突き合わせている。
あれっ?
「透……、龍君の事知ってるんだね。私の二番目の人生での夫って事も」
「ああ。うん。ここまで言っちゃったからもう別に隠しても隠さなくても同じかぁ。ちょっと恥ずかしいかなって秘密にしようかとも思ったんだけど」
透は龍君から視線を外して私を見、そう言って右にある歩道橋の手すりを掴んだ。その先に広がる街を眺めているように見える横顔だけど、どこか違う場所を重ねている表情にも思える。
「ボク……前の人生でお姉さんの話を聞いてからずっとその時の事が頭から離れなくて。……衝撃だったのかもしれない。色々それで人生狂ったと思うんだよね。前から好きだって思ってた子から告白されてもその時には全然どうでもよくなってて面倒くさくて断ったり、学校一かわいい子を見てもふーんて感じで。気付いたらお姉さんの事ばかり考えててわーってなって。捜したんだ。会いに来てくれた時のお姉さんが着ていた制服から通っていた中学校を調べてそこから」
透は笑った。
「ボクが二十歳くらいの時やっと居所が分かって。でも他の男と結婚してるんだって知った。通行人のフリをして家の側を通った時に幼稚園児くらいの男の子とお姉さんが庭で遊んでるのを見た。その時になって何でか分からないけどすごく悲しい気持ちになった」
透がこちらに視線を向けた。微笑んでいるのにそれがどこか痛々しく見える。
「それからもたまにこっそり様子を窺いにその道を通るようになった。何年もそんな感じで彼女も作らずいい加減俺ってキモいストーカーだなって自分にうんざりし始めた頃、お姉さんの家の様子がおかしいのに気付いたんだ。庭の雑草は伸び放題だし、家から出て仕事へ向かう旦那さんは憔悴したように痩せ細ってた。何年も後になって知った。まさかお姉さんが亡くなってたなんてね」
透は俯いて一つため息をついた。けれど彼が次に顔を上げた時には、また明るい笑顔に戻っていた。
「とにかく、また会えて嬉しいよ」
透が差し出した手を龍君がはたき落とした。
龍君は私を背中に隠すように透と私の間に割って入った。
龍君を見上げた透が薄ら笑う。
「やだなぁ、お兄さん。二年生相手に大人げなくない? もっと手加減してあげないと。そうだなぁ。逆に言うと? 前の人生ではボクの方があなたよりも長生きしましたから。年上のボクを敬っても罰は当たらないと思いますけど。あなたの知りたがっている事も知っていますし。お姉さんに手を出さないって誓うなら教えてあげてもいいですよ?」
透は意味深な視線を龍君に送った後、回れ右をして階段の所まで走って行った。振り返って手を振っている。
「お姉さん! ボクもお姉さんの事『由利ちゃん』って呼びたいです。いいよね?」
少し右に首を傾けて微笑む透。私の答えを聞くより早く、彼は階段を駆け下りて下の歩道を元気よく走って行った。
『由利ちゃん』
一度目の人生でも透は私の事をそう呼んでいた。懐かしさに三十四歳だった頃の透の面影が胸に浮かぶ。
いきなりの透の来訪に驚き戸惑いはしたけど私は龍君と一緒にいると決心したばかりだ。透の事は愛しているけどこればっかりはどうしようもない。私という人間は一人しかいないのだから。
私に背を向けたままの龍君に呼びかける。
「龍君、私たちも帰ろう。そういえば透の言っていた龍君の知りたがってる事って? ……龍君?」
もう一度名前を呼ぶと、彼はハッとしたように振り返った。
「ごめん。由利花ちゃんごめん、僕」
龍君は唇を噛んで眉間に皺を寄せた。
「……っ今日は先に帰るね」
そう言い残して早足で去る龍君の後ろ姿を見送った。酷く動揺しているように見えたのは気のせいだろうか?
ブックマークがまた増えていました! ありがとうございます。
更新がいつもゆっくりですみません。




