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5 忘れられない日


 幼稚園の屋上には園児用のプールが設置されている。

 今日は水遊びの日。水着になった園児たちがはしゃいでいる。


 わぁ。このプールには嫌な思い出があるなぁ。


 しばらくしてプール担当の先生が男の子はこっち、女の子はこっちと男の子と女の子を分けてそれぞれプールの端と端に並ばせた。


 あっ……今日だったか。


 私は内心舌打ちをした。

 先生が言う。




「男の子は今から向こう側まで泳ぎます。その時好きな女の子の足にタッチするように」




 「えー!」と園児たちからどよめきが起こる。




 繰り返される非情なイベント。


 一回目の人生では私の隣にいた咲月ちゃんがそのまた隣の子に「あきらくんがいい!」と話していて私も心の中でそう願ってたんだけど、泳いで来た沢野君は咲月ちゃんの足を掴んだんだ。私の所に来てくれる子は一人もなく。私は静かに傷付いていた。



 ……でも大丈夫。私は知っている。私にも未来では私の事を好いてくれる人が現れる事を!



 腕を組んで横を向く。今は独りぼっちでも……平気だもん!

 やはり向いた方と反対の隣で咲月ちゃんたちが「あきらくんがいい!」と話している。




「ねえねえ! ゆりかちゃん」


 突然呼び掛けられて「ん?」と咲月ちゃんを見る。上目遣いの彼女が聞いてくる。


「ゆりかちゃんはだれがいい?」


 そう尋ねられ、言葉に詰まる。




「私は……――」




 その時先生が「よーい、どん!」とスタートの合図を出したので答えられなかった。

 一斉に男の子たちがバシャバシャ泳ぎ出した。



 もう結果は分かってるから、早くこの時間が終わらないかなーと空に漂う雲を眺めていると。

 足に何か感触があった。見ると誰か男の子が足首を掴んでいる。


 ……二人も。


 右足を掴んでいた子が顔を上げた。




「龍君!」




 黒いクセ毛の髪から水を滴らせて、彼が笑った。

 胸が詰まる。

 一回目の人生では他の子の所へ行ったのか彼を見かけなかった。まさか今回来てくれるなんて思ってもみなかったよ!

 ジーンと感動で泣きそうになる。その時、左の方から女の子たちのどよめく声が走る。



 私の左足を掴んだのが沢野君だったから。




「なん……で……?」


 私は狼狽うろたえた。絶対また咲月ちゃんの方に行くと思ってた。……。もしかしてこの間ケンカの仲裁に入ったから?


 顎に手を当て首をひねっていると、左隣の咲月ちゃんが私を見て「ふーん」と言った。



 ……咲月ちゃん、ごめんね! そんなに睨まないでほしい。



 一回目の人生で味わった孤独な思いを、今回の人生では彼女に味わわせてしまったみたいで冷や汗をかいた。









 そんな感じで季節は過ぎ、無事卒園。晴れて小学生となった。ランドセルの重みが懐かしい。


 龍君、沢野君、ようすけ君とは別のクラスになった。同じクラスなのは咲月ちゃんとのぞむ君。


 のぞむ君の『のぞむ』は『望』と書くらしい。ようすけ君の字は『陽介』なんだって。望君から聞いた。

 あのケンカしていた日から、陽介君と望君はいつも一緒に遊んでいた。逆にあのケンカから仲が深まったようだ。

 一回目の人生ではあまり関わらなかった人たちだけど、この人生では友達になれて何だか嬉しい。



 望君と談笑していたところで教室に咲月ちゃんが入って来た。


「おはよう」


 私が挨拶すると、私と望君を交互に見た咲月ちゃんが少しむっとしたような顔をして「おはよう」と返した。そのまま望君の隣の席に座りそっぽを向く咲月ちゃん。私と望君は目を見合わせた。


「何か機嫌悪い?」


「そうみたい」


 私と望君、二人してボソボソ内緒話していたら咲月ちゃんが怒り出した。


「由利花ちゃんも早く席に着いて。先生来たよ」


 私は彼女が何に怒っているのか分からないまま着席した。

 教室に入って来たのは一度目の人生でも担任だった吉野先生。ショートカットの似合う物腰の柔らかい女性だ。



 ……咲月ちゃんとは別の視線に、私は気付かないフリをしていた。



 忘れられないあの日が迫っていた。








 私には越えなければならない壁がある。



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