43 見つめた光
龍君を見上げたまま思う。
そっか……そっかぁ。
「何? 由利花ちゃん」
私の視線に龍君は居心地悪そうに下を向いた。
「ん、何でもない!」
今までそれっぽい素振りはしてたけど、ちゃんと教えてくれなかった龍君が悪いんだよ。お返しに色々思い出した事はしばらく黙っておこう。
そんなやり取りを一歩離れた場所に立って見ている志崎君。私はそちらに目線を移した。彼は何か言いたそうに口を開いたけど言葉は紡がれず、悲しげな瞳は逸らされた。
「志崎君、心配して来てくれたの? 嬉しい」
彼に心から微笑みかけた。志崎君は何かを堪えるような表情をした後、ぶっきらぼうにも思える返事をした。
「別に。オレ邪魔みたいだから先に戻ってる」
不機嫌そうな顔をして踵を返す彼を引き止めようとして立ち上がったけど、立ち眩みがしてしゃがんでしまった。
「由利花ちゃん! 早くジュース飲んで。まだ貧血なんでしょ?」
龍君に言われるまま手に持っていた缶ジュースのフタを開けてゴクゴク飲み込む。りんごジュースだ。冷たくて美味しい。
支えられながら再びベンチに座った。もうしばらく動かない方がよさそうだ。
「ありがとう、龍君」
苦笑いしていた私の耳に志崎君の呟きが届く。
「……名前呼び」
ハッとして顔を上げるけど、その時に見えたのは走って行く後ろ姿だけだった。
大分時間が経って釣り場へ戻った。
バケツの中に志崎君が釣り上げたと思われる魚が十匹くらい増えている。すごい。イシモチだけじゃなくてアジゴも何匹かいる。……自分で魚から針を外せるようになったんだね。
まだ体調が本調子じゃないので後方の斜面の側で座って釣りをする彼らを眺めている。龍君が貸してくれた上着を肩に羽織って体育座りして。
父らは私たちとは違い仕掛けを手前の方じゃなくて遠くの方へ投げている。聞くとサビキ釣りではないらしい。クロ狙いのフカセ釣りをしているとの事だった。
日差しが暖かな色味を帯びている。きっともうそろそろ帰るのだろうな。
志崎君の後ろ姿をじっと目に焼き付けていた。ただ何となく見ていたくて。
一度目の人生では……泣いていたあの頃の私はこんな景色も見れなかった。
この恋が本当に終わる日まで……私はこの人生を全力で生きよう。
黄金色に光る海。それまで竿を構えていた志崎君が振り向いた。私を見た。
それはほんの一瞬の出来事で、すぐにまた海へと向き直る彼。竿を振って糸を垂らしている後ろ姿。
まだ……まだ望みはあるのかな?
この日。小さな希望を胸に一番大きな後悔を払拭する為の一歩を、やっと踏み出したのだった。




