42 記憶
龍君の右目から涙が一筋零れたので、私も泣いているくせに笑って言った。
「泣かないで。私は大丈夫だから心配しないで」
あれ?
私は何か違和感があって一拍息を止めた。
何だろう……何かデジャヴみたいなものが……。
龍君の目が見開かれている。
「由利花ちゃん!」
龍君の呼ぶ声。私は目眩でその場に膝をついていた。
これは……久しぶりの貧血だ。地面に手をついて起き上がろうとするけど視界が暗くなった。
真っ暗闇の中。私はグズグズ泣いていた。
私はそんな私を見つけた。
これは……。今私の目の前で泣いているこの人は私だ。
体育座りで俯いて口をへの字にして涙を流し続けるこの女の子……いや、成人姿の私。多分二十代頃の私。
私は見つけた私に話しかけてみる。
「ねえ、何で泣いてるの?」
もう一人の私はこちらを見上げた。泣き腫らした目で我ながら痛々しい顔だ。
「志崎君、彼女いるんだって」
嗚咽する私に苦笑する。もう大人の姿なのに本当に私って子供だ。
その時の私は二十一歳頃。風の噂で聞いた好きな人の近況。
自分から何もしないくせに。
どんどん周囲は進んでいくのに。
状況は悪くなって。
一人あの頃のままで。
「その後志崎君、結婚するよ?」
私が無慈悲に教えてやると座っている私はビクッと肩を震わせた。驚きのような、ショックを受けたような顔で見つめられた。
私は彼女の両肩に手を置いて揺さぶった。
「だからお願い、動いてよ! まだ間に合うかもしれない!」
「でも私、絶対振られるよ。彼女がいるんだよ? 大恥かいて傷付くだけだよ」
「結婚しちゃったら……死んだら二度と言えないんだよ! ずっと好きなまま生きてくの? 心に志崎君がいるまま透と結婚するの? 死ぬまでずっと好きだなんて悲しいよ」
「志崎君の幸せを壊したくない」
私は私の口にした言葉に一瞬意識が飛んだ。
気付いたら仰け反る彼女に跨って胸ぐらを掴んでいた。
「嘘つくんじゃない!」
叫んだ声は本当に私のものか疑わしいくらい迫力があった。
彼女の瞳をねめつける目から涙が流れる。今更だしもう構わない。
小学生の私の下で顔を歪める『私』に問う。
「お前がしなきゃいけない事は何だ! 言ってみろ!」
力任せに怒鳴る。
涙を零しながら『私』が答える。
「告白……」
私はやっと強張らせていた表情を緩めた。彼女の頭を撫でる。
「いいよ。振られたって。万が一にも告白が成功して志崎君を彼女から奪っちゃっても私が許すよ。あなたの方がずっとずっと昔から志崎君を好きだったし、好きの気持ちが大きいの知ってるよ。彼に嫌われたとしても大丈夫。全然接点がない今よりマシだよ」
微笑んで彼女を抱きしめる。
いつの間にか彼女はいなくなっていて、私は暗闇に独りいた。
「そう。結婚して……死ぬ前に」
目を開けると、強い日差し。
上半身を起こすとパサッと音がした。見ると地面に灰色の何か……龍君の上着?
落としたその上着を拾って寝ていたベンチに座り直す。
公園の入り口から缶ジュースを持った龍君が走って来る。その後を追うように志崎君も。
私は決意していた。……志崎君に告白する。
「大丈夫? 由利花ちゃん」
そう言って冷たい缶ジュースを差し出してくれる龍君を見上げる。
私は思い出した事があった。
「ありがとう」
微笑んでジュースを受け取った。
彼は――……。
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