30 怪しい動き
中学校裏の小道まで来た時、咲月ちゃんの背中を見つけた。
「咲月ちゃん!」
呼びかけてみると前方の咲月ちゃんが足を止めた。歩道橋のあった大きな通りと違い、裏道はもっと薄暗い。けれど点在する街灯の明かりで歩くのに支障はない。
振り向いてくれるものと思っていたのに、振り向くどころか彼女は走り出した。どんどん私から遠ざかる。
「えっ?」
その背中をポカーンと見送った。
あれ、人違いだったのかな……? いや、そんな筈はない……筈。
残された私。頻りに首を傾げながら家路を辿った。
翌日の朝。登校した咲月ちゃんが教室に入ったので、さっそく昨日の事を尋ねようと席を立った。
「咲月ちゃん、おはよう。昨日さ……」
「あ、おはよ由利花ちゃん。ごめん、ちょっとお手洗いに行くから後でね」
「うん、分かった」
……話を躱されたと感じるのは気のせいだろうか?
「笹木さん、おはよう」
教室に入って来た志崎君が真っ先に挨拶してくれた。ニコッと微笑まれた。
「あっ……、おはよう」
昨日の事が思い出されて、特に手を繋いだ事が気恥ずかしくて視線を逸らしてしまった。そんな私の前に立ち止まった志崎君。不思議に思い視線を戻すと意味ありげに微笑された。
彼の昨日の言動が脳裏に過る。
『嫌いな奴とは手、繋がないでしょ?』
以前『オレも好きだよ』って言われた事もあるけど、内心半信半疑だった。だってクラスが同じになって日も浅いし、私なんかのどこが好きなんだろうって思う時もあった。
でも昨日の言葉をそのまま受け取ると少なくとも嫌われてはいないよね。胸を撫で下ろす。
ん?
視線を感じてそちらを向くと前方の席にいる雪絵ちゃんと目が合った。
「ゆ……」
話しかけようとしたけど彼女はさっと前に向き直り、机の上の紙に何か一生懸命書き込んでいる。
何を書いているんだろう?
気になったけど、ここからは見えない。
前の席の沢野君は相変わらず机に突っ伏している。まだ挨拶もしていないけどそっとしておこう。触らぬ神に祟りなしとも言うし。
「おはよう、笹木さん」
後方から龍君の声がした。心音が一つ、大きく跳ねる。
「お、おはよう!」
振り返り、ぎこちなくではあったが挨拶を返した。
そうだあ。昨日は龍君ととんでもない約束をしてしまったのだ。
結局、志崎君にその事を話せなかったし私はこれからどう振る舞っていけばいいのだろう。
志崎君は椅子に手を掛けたまま座る事なく動きを止め、龍君に険のある表情を向けている。龍君はその視線に不敵な笑みを返している。
あ、ああ、あ。またこの空気。
オロオロしていた私は視界の隅に怪しげな動きをする雪絵ちゃんを捉えた。
こちらをじっと見ていると思ってたんだけど、しばらくして前を向いて何か書いている。さっきと同じだ。
好奇心に勝てず、そろーっと彼女の背後に近寄って何を書いているのか覗いてみた。
大きめの白いその紙には幾つかの丸と矢印、名前が書き込まれていた。ふむふむ?
真ん中の大きい丸が……ん?
中心の大きな楕円の中に私の名前が書いてある。
その丸を取り囲むように三つの楕円。左上の楕円には鈴谷君の文字。右上の楕円には志崎君。下の楕円には沢野君。それら三つの楕円から中心の楕円に向かう矢印には『好き』と文字が添えられていて、逆に中心の楕円からそれぞれの楕円に伸びている矢印には『好き?』と書き込んであった。但し沢野君への矢印の『好き?』だけ、文字の上から二重線が引かれていた。
「雪絵ちゃん? 何てものを作っているの?」
あまりの危険な内容に、怒りや驚きを通り越して微笑みが浮かんでくる。
紙を眺めながら右手で鉛筆をぐるぐる回していた雪絵ちゃんは顔を上げて私を見た。
「あら、覗き見なんて悪趣味よ」
「いや、雪絵ちゃんの方が悪趣味だからね」
「うふふ」
「うふふで誤魔化されませんからね。その紙を渡して」
「嫌よ。私からこれを取り上げたら、うっかり口が滑って全部皆に喋ってしまいそうだわ」
もどかしい気持ちで押し止まる私。
雪絵ちゃんは「この表情が見たかったの」と言わんばかりに首を傾けて微笑んだ。
追記2024.8.26
「だけ」を「だけ、文字の上から」に修正しました。




