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29 帰途


 私たちが座るベンチの後方……細い道路に設置されている街灯が点いた。

 見上げた私は志崎君に言った。


「もう帰らないと」


 辺りも大分薄暗くなっている。彼を見るとムスッとした顔で言われた。



「笹木さんが早く来ないから」


「やっぱりキャラ違うよね? いつも猫被ってたの?」


「さあ? どうだろうね」



 志崎君は立ち上がってこちらを向き、私へと左手を伸ばした。


「帰ろう」


 差し出された手に戸惑いつつ、自分の手を重ねた。



 私が立ち上がってからも手は繋がれたままだ。ドキドキしながら彼の横を歩く。

 公園を出て小学校横の坂を下る。



 志崎君って……私が思っている以上に私の事、好きなのかもしれない。だって嫌いな人と手は繋がないでしょ。



 嬉しさと同時に不安が胸を掠める。



 言えなかった。龍君とした約束の事。タイミングを逃した。もう言えない。言いたくない。志崎君に嫌われたくない。



 俯いてしまう。



「志崎君、今日……、私の話をちゃんと最後まで聞かなかった事、後悔するんだから」


「何で? 何だったの」


「もう教えない」



 プイッと彼とは反対の方へ顔を向けた。予感がしたのだ。

 きっと後悔する。あなたも、私も。




「オレの事嫌い?」


 そう尋ねられたので再び志崎君を見た。彼の眼差しに言葉を失う。


 「好きだよ」と本心を口にする資格が私にはない事をその時自覚した。

 夫の事も龍君の事も、志崎君の事も中ぶらりんだ。私が軽々しく言っていい言葉ではない。



「さあ? どうだろうね」


 さっきの志崎君の台詞を借りて答えた。


 志崎君がジトッとした視線を向けてくる。その時私は自分の右手に異変を感じた。志崎君の左手と繋いでいた右手がぎゅっと握られたのだ。



「素直になりなよ。嫌いな奴とは手、繋がないでしょ?」



 その言葉……。エスパーか何かなの?


 いつもの志崎君の明るい笑顔。表面上はそう見えるけど、彼の二面性を知ってしまった今では皮肉たっぷりに映る。





「家まで送るよ」


「えっ、いいよ。大丈夫だよ」


「もう大分暗いから女の子一人だと心配だよ」


 いやいや。そんなそんな。私が遅れたせいで帰りが遅くなったのだ。わざわざ志崎君に負担をかけたくない。


 そんなやり取りをしている時。不意に私の目が思いがけない人物の後ろ姿を捉えた。





「あれ、あそこにいるのって……咲月ちゃんだ!」





 道路の向こう側、歩道橋の階段を下っている。

 こんな時間にこんな所にいるなんてと珍しく感じる。


 そういえば彼女は今日、用事があるとかで早々と帰っていたような。



 ピン! と名案が浮かんだ。



「私、咲月ちゃんと帰るから大丈夫だよ。私を送ったら志崎君の帰る時間すごく遅くなるからそっちが心配」



 名残惜しく思いながらも手を離した。



「また明日!」


 明るく言って歩道橋の階段を早足で上った。早く咲月ちゃんを追いかけないと見失ってしまいそうだったし、何よりさっと帰らないと志崎君と離れるのが辛くなるのは分かっていた。



 今日は彼の意外な一面にびっくりしたけど楽しかったし、もっと話をしてみたかった。



 歩道橋の上から下を見てみる。志崎君はまだそこにいて、こちらを見上げていた。


「また明日! 笹木さん」


 手を大きく振ってくれたので嬉しく思い、私も歩きながらブンブン振り返した。



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