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27 好きな人



「ごめっ……、遅くなって!」


「大丈夫? 笹木さん。そんなに走って来なくてもよかったのに」



 ぜいはぁぜいはぁ息を整えている私を心配してくれる志崎君。……優しい。



 右手で汗を拭っていたら反対側の手首を掴まれた。


 志崎君に引っ張られるまま公園の端にあるベンチの前まで連れて来られた。石造りで背もたれの付いていないタイプ。年季の入ったベンチだ。


 その右側に志崎君が腰を下ろす。

 俯いた姿勢だった彼は、突然上を向いて笑い出した。




「はははっ!」




 どうしたんだろうと、びっくりして彼を見つめる。


 楽しげに笑っていた彼は、涙を指で拭った。

 そして自らの座っているベンチの左側を手で叩いて、私も座るよう促した。



 教室では彼の隣の席だけど、何か……このシチュエーション緊張する。


 ぎこちなくベンチに腰掛ける。

 彼の、隣に。



 志崎君は私から目を逸らして前を向いた。座っている少し後方に手をついて力を抜いたような体勢の彼は、独り言のようにぽつりと口にした。



「……半分、来てくれないんじゃないかって不安だった」



 彼を映していた目を瞠る。夕刻の陽が志崎君の髪を普段より明るく見せる。



「来てくれて、ありがとう」



 照れ隠しなのか、茶化したように私に笑いかけた。


 私は胸が詰まって一拍言葉が出てこなかった。

 普通ここは怒るところじゃない? 私、来るの結構遅かったよ?



「待たせてごめんね」



 それだけ伝えて唇を噛んだ。視線を逸らして前方の地面を見つめる。志崎君の気持ちは優しくて、責められるより悔恨してしまう。



「全然! それより笹木さん喉渇かない? オレ飲み物買ってくるよ。何がいい?」


 志崎君が立ち上がる。



「あっ、私も一緒に行く……って、あっ……お財布忘れちゃった。ごめん買えない」


 さっき大慌てで家を出たからだ。



「いいよ。オレがあげたいだけなんだ」



 歩き出した彼の背を追う。


 夕日が世界を染める。彼も私も同じ色に見える。だからかな。

 志崎君も私と同じ気持ちなんじゃないかと思ってしまうのは。









「どれにする?」


「うーん、色々あって迷うな……志崎君は?」


 学校前にある自動販売機。飲み物選びに目を眇めていた。


「オレはこれ!」


 ガコンと下から出てきた飲み物を見せてくれる彼。


「あ、美味しそう。私もこれにしよう」









 公園のベンチに戻って再び並んで座った。


 ちびちび、買ってもらったミルクコーヒーを啜る。ホットなので猫舌の私にはこのスピードが限界だ。



 遠くの雲が暗みを帯びていく。そろそろ帰る時間だけど、私の到着が遅かった為あまり話ができなかった。





「一つ聞きたいんだけど」


 そう言ってこちらを見た志崎君の表情に笑みはない。



「前言ってた、笹木さんの好きな人って……鈴谷の事?」



 夢見心地だった気分が一気に現実に引き戻された感覚だった。

 息を呑んで志崎君を見つめてしまった。



 平静な表情で私を見ていた志崎君は小さく笑った。




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