25 応酬
家へと帰る途中、学校前にある歩道橋の階段を早足で上った。上り切った所で前を歩く人物に気付く。
あの後ろ姿は……!
気持ちが少し明るくなって、その人に声をかけた。
「雪絵ちゃん! 珍しいね。こっちに何か用事があるの?」
雪絵ちゃんは足を止め、振り返ってくれた。彼女の顔に笑みはなかったけどトゲトゲした感じもないように思う。
彼女の家は志崎君と同じ方面……つまり私の家と反対方向にある。通学路も被る所はない。不思議に思い質問したのだ。
「笹木さん。あなたの家はこっちの方だったのね。私は今日おばあちゃんの家に行くの。もしかするとあなたの家の近所かもしれないわね」
そうなんだ!
彼女の教えてくれた情報に自分でも己の目が輝くのが分かった。
「じゃあ、途中まで一緒に帰……」
「嫌よ!」
私のお誘いは全部言い切る前に断られた。
そんな……。
はっきりと拒絶されたダメージが私へクリティカルヒットした。
「私は自分のペースで行きたいから。あなた今日、急いでいるんじゃないの?」
「な、何で知ってるの?」
雪絵ちゃんの言葉に驚いてしまう。さっき教室で志崎君と話した時、彼女は既にその場にいなかった。
もしかして……? ということは……?
「ああ……、登校中にあなたと志崎君が話しているの聞こえたの。朝っぱらから見せ付けられて目の毒だったわ」
フンと鼻を鳴らし腕を組む雪絵ちゃん。
全然気付かなかった。恥ずかしさが込み上げてきて自分の両頬を押さえる。
「だから私はゆっくり行くわよ! ゆっくり、ゆーっくりね!」
天邪鬼な雪絵ちゃんにちょっと笑う。
走って彼女を追い越した。
「分かった! 一緒に帰れなくてごめんね!」
振り返りそう明るく手を振ってまた前を向いた。
後ろから雪絵ちゃんが「違う!」とか何か言っていたけど、私は顔を綻ばせながら走り去った。
……雪絵ちゃんのおかげで気分が回復した私だったけど「あともう少しで家に着くかな?」そう思える車の通りもある道の、カーブを過ぎた所で足を止めた。
歩道側の横に続いている石垣。そこに背中を預けて空を見ている人物が目に飛び込んできた。
「龍君」
彼は身を起こして私と向き合った。外の陽光が強いからか少し長めの前髪から覗く瞳が陰っているように見える。
数メートルしか離れていない筈の幼馴染みとの距離。でも今は、すごく遠く感じる。
「……何で憶えてないの? それとも忘れたの?」
絞り出すような悲痛な響き。
彼の問いが何を指しているのか聞き返す事もできない。口を開けばその問い掛けの意味を陳腐なものに変えてしまいそうな気がして。
ただ「やっぱり私が悪かったんだ」とだけ何故か心の奥にすとんと理解した。
必要な言葉を探すけど、どれも違う気がする。
「……っ」
視線を、下を向く事で外した。
「何も聞かないんだ? 何を考えてるの? ……あいつの事?」
不穏さを孕む声色にハッとして顔を上げる。
感情を隠すように笑みを作る彼が痛々しくて私はやっと気付いてしまう。私の行動が彼を傷付けていた事に。
私たちの横の車道を、車が通り過ぎる。
……いけない。今日は志崎君との約束がある。
龍君の事もとても心配だけど、ここで立ち止まって話をしている場合でもない。
「ごめん龍君。今日は外せない用事があって……。また別の日に話そ! その代わり龍君が私にこうしてほしいっていうのがあれば言ってくれればそこを、悪いところを直すから。……嫌わないでほしい」
語尾を言う頃には俯いて消え入るような声になってしまった。
「じゃあ……」
彼の、足首より少し上までの長さのズボンと黒いスニーカーが視界に入った。
「あいつの事、振って」
私の前で歩みを止めた。その言葉が信じられなくて目を瞠った。
恐る恐る龍君の目を見る。笑っているけどそれは何かを抑えているからのようにも思える。彼の心が読めない。
「悪いところ、直してくれるって言ったよね?」
「それはできないよ」
彼の指の節が、私の頬に触れた。見下ろしてくる目は本当に真剣な時のもので……。
近くて落ち着かなくて横に目を逸らそうとしたけど頬を指で撫でられ心音が跳ねて泣きそうな顔で見上げてしまう。
「僕の事、ちゃんと見て。……知らないフリしないで」
少し困ったように微笑んでいた龍君はその笑みを消して継ぐ言葉を口にした。
「将来、僕と結婚するって誓って。そうしたら今まで通りでいてあげる」
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