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1 プロローグ


「子宮筋腫が何個もあって、手術してから体外受精してやっと少し可能性があるって……」


 私は昼間、産婦人科で言われた事を夫に伝えた。



「マジかー」


 夫はそう反応を返した後、俯いて沈黙した。



 私は三十七歳、夫は三十四歳。

 私の年齢では既に高齢出産になるらしいから妊娠できたとしても生まれてくる子の事も心配だ。

 しかし手術して体外受精というのは時間も費用もそれなりにかかるだろうし、お腹を切った事がないので少し怖い。正直、ためらっていた。

 夫の給料と私の給料を合わせても生活していくのにやっとだし、貯蓄もまだできていない。


 よくうちの父が夫の薄給を心配していた。けれど今のご時世、昔とは違うと思うのだ。年功序列が当たり前だった父世代と比べたら、非正規雇用の拡大した今の社会を生きる若者のほとんどは立つ瀬がない。特に私たちの世代は『就職氷河期世代』と呼ばれ、就職難や派遣切り等の憂き目を見たりした。



「次に受診する時までにどうするか決めておいてだって」



 私はもう諦めかけていた。子供は欲しかったが仕方ない事だってある。

 三十五歳の時に結婚して二年。もっと早くに結婚していれば……なんて、贅沢な願いかもしれない。私は結婚できただけでもすごく有難いと思っている。こんな私を見つけてくれて、一緒の人生を歩んでくれている夫には感謝している。


 ただ……。


 少しだけ不満を言えば、子供が生まれる事につながる『行為』がとても少ない……と思う。年一回あればいい方。これは『レス』というものなのかもしれない。

 産婦人科の先生にも「これで子供が生まれたらとんでもない奇跡ですよ」と言われた事を思い出しため息をついた。

 夫の話を聞いていると彼も昔は……今よりはもっと性欲があったようなのだが歳を重ねるごとに衰えていくものなのかもしれない。

 ていうか私が少しぽっちゃりしているのが原因かもしれない。十代の頃はすごく痩せていたんだけど、ある日貧血で倒れて以来「食べなきゃ」と意識するようになった。あのきつい思いをするよりは多少太ってた方がマシだ。




 仕事で疲れ切って眠る夫の横で、私も眠りにつく。









 あれ、何か夢を見てるみたい。




 公園のベンチに座っていたら、近くの道路にボールが転がって来た。ピンク色のボール。

 青いキャップを被った小学生くらいの男の子が何か言いながら道路に走り出る。ボールを拾おうとしている。



 公園の角を大型トラックが曲がって来るのが見えた。





「危ないっ!」





 そう思った時には体が動いていた。体中を衝撃が襲い、意識はそこで途切れた。














 目覚めると天井が見えた。病院とかではない。古めかしい木でできた天井だ。何か見覚えがある。


 上半身を起こすと六畳程の和室の壁際にタンスが並べて置かれ、狭く感じる。ふすまが一部破れている。


「わかった」


 私は理解した気がした。




 夢だ。夢を見てるんだ。幼少期から長年住んでいた家の夢だ。




 引っ越してからこの家の夢をよく見ていた。最近は見なくなったと思っていたけど。


 実物の家はもう取り壊されて更地になっている。

 狭くてバス停からも遠く不便だった。でも長い間住んでいて愛着は一入ひとしおあった。




 あっ、お母さんの鏡台がある。そういえばここに置いてあったなぁ。



「んしょ」


 立ち上がった。



 あれ? 目線が低い? 小人こびとにでもなった夢なのだろうか?



 鏡台に備わっている椅子を何とか引き出して、その上に膝をついて鏡を覗き込む。

 おかっぱの黒髪に、茶色の瞳。昔通ってた幼稚園の制服を着ている。



「小さい頃の私だ……」



 声も高いような。

 鏡に手をつくと、鏡の中の私も同じ動きをした。手も「こんなに?」って思う程小さい。







 この頃はまだ夢だと信じていた。

 けれどある日の事件をきっかけに、私は思い知らされてしまう。




 ここは私が三十七年生きてきた人生の幼少期。

 何の因果か、再び私という人生を辿らないといけないらしい。








 これは私が私を生き直す物語。




お読み頂きありがとうございます。


前作「新世界に月は歌う」もまだ連載中なのですが、無謀にも書き出してしまいました。取り敢えずその都度、書けそうな方に着手していこうと思っています。不定期更新予定です。よろしくお願いします。


追記2024.8.25

「私は」を削除しました。

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