初遠征
透き通るような青空に浮かぶ綿菓子みたいな雲と眩しい光を放つ太陽。
その向こう側にうっすらとごつごつとした岩肌の天井が見える。
各階層を仕切る天蓋に閉じられたこの第五階層は、遺跡が点在しているのが特徴だ。
昔は遺跡からアーティファクトが見付かったらしいが、今や取り尽くされている。
残っているのは魔物の住処に最適な空の遺跡のみ。
それでも取り壊さないのは、ダンジョンの貴重な建造物であり、またまだほかにもアーティファクトが残っているかも知れないと、そう判断されているからだ。
お陰でEランクの底辺冒険者にも仕事が回ってくる。
「蒼崎くん」
「篝でいいぜ」
遠征のために街を出て少し。
地面から少しだけ浮いたホバーカーの上で景色が流れていく。
「緊急時には短いほうで呼び合ったほうがいいって言ってたしな」
ほんの僅かであれど、時間が短縮される。
「では、篝くんとお呼びします。私のことも」
「あぁ、透華って呼ぶよ。それで、俺になにか質問?」
「はい。これから二人で行動することも多くなるでしょうから、人となりを知っておこうかと」
「そりゃいい。なんでも聞いてくれ」
「それではお聞きしますが、篝くんが冒険者になった理由は?」
「Sランクの冒険者になるため」
Eから始まりSで終わる冒険者のランク付け。
今は最下層でも、いつかは一番上まで辿り着いてやる。
「ありふれた理由だけど、そのために冒険者になったんだ。成り上がって、有名になって、そんでもってハーレムを作る!」
「はーれむ?」
「そ。Sランクの冒険者は重婚が許可されるからな」
あらゆる特権が与えられる特別な地位がSランク。
俺はどうしてもそこまで辿り着きたい。
「ま、まさかそれが目当てでSランクを目指しているのですか?」
「そうだよ。それ以外の理由は特にない。とにかく沢山嫁を貰って大家族を築くんだ」
「な、なんと不純な……」
「まぁ、そういう反応が返ってくるとは思ってたよ」
ほとんど予想通りの反応だ。
「わかっていたのなら、なぜ正直に? 隠しておけばよいものを」
「夢は人に話さないと叶わないって言うだろ? だから、聞かれたら答えるようにしてる。それに隠してるとまるで疚しいことみたいだし」
「一夫一妻が常の世の中でハーレムを築きたいという思いは十分疚しいことなのでは?」
「そりゃ今はそうかも知れないけど、Sランクになれば疚しくなくなる。与えられた権利だ」
「……こう真っ直ぐに言われてしまうと、逆に清々しく思えてきますね」
呆れたと言わんばかりに、透華はため息をつく。
「じゃあ、そういう透華はどうして冒険者になったんだ? さぞかし高尚な理由なんだろうなぁ。楽しみだなぁ」
「いけずな人ですね、篝くんは」
ほんのすこし、頬が膨らんで見えた。
「そう、ですね。私が冒険者になった理由は篝くんと同じです」
「透華もハーレムを!?」
「違います! そちらではありません! Sランクの冒険者になりたいからです! 篝くんと一緒にしないでください!」
あぁ、そっちか。
「まったくもう」
大きな声を出したことを恥じらいつつ、透華は長めの息を吐いて心身を落ち着かせた。
「Sランクになってどうするんだ?」
「知りません。興が削がれました」
「えー」
「私がSランクの冒険者になれた時にお話します」
「そう来たか。なら、気張っていかないとな。ちょうど見えて来た」
ホバーカーの窓を開けて顔を出すと、風に激しく撫でられる。
それに負けじと瞼を開けると、地平線に浮かぶ大規模遺跡が視界に映った。
植物の侵食を受けてやや緑がかった白亜の建造物。
朽ち果てたそれがまだ崩れていないのは、周囲に張り付いた植物の根が支えているからではないか? と、そう思わせる姿をしていた。
到着まであとすこしだ。
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