握手
社内放送での呼び出しから三十分後。
「失礼しまーす!」
扉を開けて会議室に足を踏み入れる。
それと同時に勢いよく深々と頭を下げた。
「このたびは本当に申し訳ありませんでした!」
冒険者を続けるためには謝るしかない。
そう結論づけた俺が取った行動は初手謝罪で誠意を伝え、許してもらうことだった。
「なに言ってんだ? おめぇ、いきなり」
「へ?」
以外な返答に顔を持ち上げると、人事部の黒沢さんの怪訝そうな顔が映る。
その近くにはきょとんとした美人の冒険者がいた。
艶のある長い黒髪に、凛とした顔立ちの十代後半くらいの少女。
どこか品のある雰囲気を身に纏い、ただ座っているだけでも華がある。
是非、お近づきになりたいものだけど、今はそれどころじゃない。
「俺になにか苦情があったんじゃ」
「いや、そんな話は俺のところに来てないが」
「はぁ……そうですか、そりゃよかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず、冒険者は辞めずに済みそうだ。
この三十分、生きた心地がしなかったな。
「じゃあ、俺に何のようで?」
「そいつを説明するから、まぁ入れ」
「あぁ、はい」
扉を閉めた。
「そこにいるのが紅原透華だ。固有魔法は冷気、デメリットは体温低下だ」
「体温低下? じゃあ俺と真逆だな。蒼崎篝だ、よろしく」
「えぇ、よろしくお願いします。では、貴方は体温が」
「あぁ、上がっちまう。オーバーヒートとオーバークールか。縁がありそうだな」
これを足がかりに話をするか。
上手く行けば次に繋げるかも。
「二人ともEランクだが、面識は?」
「ありません」
「同じく」
返事をしつつ椅子に腰掛ける。
「そうか。まぁ、互いの印象が真っ新なほうが都合がいいだろう」
「いったいなんなんです?」
「なに、お前らにとって悪い話じゃないさ。勿体ぶるのもなんだし、早速言ってしまうが、二人にはコンビを組んでもらう」
「私と、彼が?」
彼女と顔を見あわせる。
互いに不可解が表情に出ていた。
「なんだってそんな急に」
「お前ら、火に氷を投げ込んだらどうなると思う?」
「どうって、そりゃ火が消えるでしょ」
「氷が溶けて蒸発します」
「じゃあそれをデメリットに置き換えてみろ」
「デメリットと?」
彼女と顔を見あわせる。
「最近、わかったことがある。相性のいいデメリット同士をぶつければ干渉し合うらしい。さてオーバーヒートとオーバークール。二つをぶつければどうなる?」
「体温が一定に保たれるってことですか?」
「そのような方法が……」
「試してみればいい。今ここで」
今一度彼女と顔を見あわせ、互いに魔法を発動する。
手の平に灯る火と、手に纏う冷気。
瞬間、デメリットが押し寄せ体温が上昇する。
彼女のほうにも来たようで、身を震わせていた。
「ぶつけるって、どうやって?」
「お前らの場合は接触するだけだ。理想を言えばハグが一番だが」
「と、殿方と抱擁を?」
「照れくさいなら握手から始めりゃいい」
彼女の心情を考慮しての言葉を受けて、おずおずと言った風に手が差し出される。
こちらとしては握らない選択肢はない。
迎えに行くように手を伸ばして、その小柄な手を掴む。
瞬間、氷でも握ったかのような冷たさに驚く。
デメリットの体温上昇はかなりのものだと自負していたが、彼女も中々どうして負けてない。
俺と同等の苦労をしてきたのだろうと、その手の冷たさから感じとれた。
向こうも手の熱さに驚いたのか、ほんの一瞬目が見開いた。
「これで本当にデメリットが緩和されるんで――」
ふと、気がつく。
氷のようだと思っていた彼女の手がもう冷たくない。
遅れて自分自身の体温も平熱まで下がっていることにも気付く。
「されたようだな」
「こりゃ凄い」
「えぇ、本当に」
手を離して手の平に目を落とす。
これなら。
「お前たち二人は成果を上げてもデメリットのせいで昇格できなかった。だが、これでデメリットは半減――いや、それ以下になった。一時間後には遠征だ。とりあえず試して来るといい。活躍次第じゃ、すぐにでもDランクに上げてやるよ」
彼女と向かい合う。
「よろしく……ってことでいいかな?」
「えぇ、よろしくお願いします」
俺たちは二度よろしくと言い、二度握手を交わす。
なにか凄いことが起こせる。
そんなことを思わせる出来事だった。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。