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カレーライス


「あー、昇格してー」


 Eランク冒険者に用意された大部屋にしきりはない。

 プライベートダダ漏れの空間に、口をついて出た言葉が響く。

 もっともそれもほかの連中の喧噪にすぐ掻き消されていった。


「無理だろ、そのデメリットだと」


 掻き消される前に聞き取った健二けんじが、ばっさりと言い切る。


「無理でもなんでもするんだよ。もう大部屋で雑魚寝なんて御免だ。こんなところじゃ女も連れ込めやしねぇ」

「結局それかよ」


 呆れたとでも言いたげな表情で岳人たけとの顔が持ち上がる。


「あと寝起きにお前らの顔も見ずに済むからな」

「こっちの台詞だ、ばかたれ」

「ぶっ倒れたお前のお守りもしなくてよくなるしな」

「うるせぇ」


 不毛な言い争いをしていると、ふと腹の虫がなる。

 何時かと壁掛け時計にちらりと目を向けると、午前八時まであと五分程度。

 もうすぐ食堂が開放される時間だ。


「混まないうちに飯食いに行こうぜ」

「今日火曜だろ? またカレーか。嫌になるな」


 健二がうんざりするのもしようがない。

 Eランク冒険者の食生活の半分はカレーで締められている。

 一日おきにやってくるカレーの日が原因だ。

 シーフードカレーとか、野菜カレーとか、スープカレーとか。

 カレーの種類は無駄にあるが、それがありがたいのは最初のほうだけ。

 年単位になってくると味が全部同じに感じるようになる。

 体臭がカレーになりそうだった。


「俺は一年中カレーでも問題ないけどな」

「出たな、カレーマン」

「誰がカレーマンだよ」


 気怠げに立ち上がった健二に比べて、岳人の腰は軽いものだった。

 無類のカレー好きにとっては悪くない食生活らしい。

 俺もカレーは好きだが、嫌いになりそうだ。


「おい、見ろよ。ランクが一つ上がるだけでカレー地獄からおさらばだぜ」


 食堂につくと、先客が目に付く。

 オレンジの装飾が目立つ戦闘服はDランクの証。

 俺たちよりも一つ位の高い奴が食っているのはベーコンやら卵やらがはみ出たバーガーだ。


「バーガーの口になってきたな」

「だが、残念。今日もカレーだ」

「篝じゃないけど、昇格してー」


 大部屋での嘆きを健二が再現し、ビーフカレーを受け取って空いた席に着く。


「不味い訳じゃないんだけどな。スプーンが重いだけで」

「そーそー。飽きるんだよな」

「そうか?」


 岳人のスプーン捌きは軽快なものだった。


「しかし、昇格ったって実際どうするんだよ? 成果だけなら滅茶苦茶上げてんだぜ、篝は。それで昇格できないんじゃ、どうしようもないだろ」

「とにかくデメリットがヤバい。冷却の魔法陣をもっと貼り付けとくとかは? 十個くらい」

「それが出来たら苦労はしねーよ。一度に貼れる枚数にも制限があるし、なにより高い。どんだけ給料から天引きされることか」


 魔法のデメリットを緩和する手段がない訳じゃない。

 その手段の一つが様々な効力を発揮する魔法陣。

 この間の遺跡で首の後ろに貼り付けていた冷却の魔法陣は一定の効果があった。

 まぁ、すぐに限界が来て弾けたけど。


「二進も三進もいかないな。この分だと今日の遠征も駄目そうか」

「今回の遺跡は規模がデカいんだ。この前みたいにはいかないぞ」

「わかってる。なんとかちまちまやるよ。はー……まったく」


 気が沈みつつも、食い飽きたカレーをスプーンで掬う。


蒼崎篝あおざきかがり、蒼崎篝は三十分後に会議室にくるように」

「お?」


 俺の名前が社内放送され、俺を知っている連中の視線が突き刺さる。


「やっちまったなぁ」

「なにやったんだ? ん?」

「なんもやってねーよ。なんでやらかした前提なんだよ」


 というか、本当に心当たりがない。


「なんだろ。遠征のたびにぶっ倒れてるからか?」

「あー、点滴使い過ぎとか?」

「あ! それか、あの女医さんが耐えかねて苦情入れたとか」

「あぁー! ……それかも。うわ、マジか」

「セクハラ認定されてるかもな。死刑執行まであと三十分」

「最後の晩餐がカレーだなんて最高だな」

「うるせぇ、カレーマン」

「だから誰がカレーマンだ」


 とはいえ、口説きの苦情だったら本当にヤバい。

 最悪、冒険者を首になるかも。

 それだけはなんとか勘弁してもらいたい。

 こうなったら本気で詫びを入れるしかないな。


「あぁ……カレーが重い」


 掬い上げたカレーを口に運ぶのに、滅茶苦茶苦労した。


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