デメリット
ある日、空にドラゴンが舞った。
空と地面をひっくり返したような天変地異。
どこからか降って湧く魔物の群れ。
大気を汚染する瘴気。
地球という惑星はもはや人が住める環境ではなくなった。
急速に数を減らしていった人類は、生き残りを集めてダンジョンへと逃げ込んだ。
地上を捨てて、ダンジョンで生きよう。
ダンジョンの中には綺麗な空気が、限りある空が、偽物の太陽がある。
ここでなら生きていける。
それから半世紀の時が過ぎ、人類はまだしぶとく生き残っていた。
§
「火をつけて」
唱えた魔法が右手に灯り、揺らめく火炎が空気を炙る。
灼熱の赤を押し出すように手を伸ばし、火炎の波を前方へと放つ。
雪崩れ込むのは、ぽっかりと口を開けた遺跡。
内部はもはや魔物の巣窟と成り果て、放っておけば外へと溢れ出す。
駆除するには火炎を隅々まで行き渡らせるのが手っ取り早い。
遺跡の奥からは今まさに身を焼かれて悶え苦しむ魔物の断末魔が響く。
もう少し続ければ全滅できるはずだけど、どうやら限界みたいだ。
首の後ろで冷却の魔法陣が弾けた。
瞬間、体温が急激に上昇し脳が茹だるような感覚に襲われる。
大量の汗が噴き出した。
「そこまでだ! よくやった、篝」
部隊長の声が響いて魔法を打ち切り、火炎を掻き消すと目眩がした。
陽炎で歪んで見えるのか、体温が上がりすぎて可笑しくなったのか。
ともかく、立っていられず倒れ込む。
それを仲間たちが支えてくれ、氷嚢を当ててくれた。
「相変わらず重いデメリットだな、篝」
「よくやるよ。俺なら冒険者なんて辞めてるぜ」
「はっ。夢を叶えるまで辞められるかよ」
額に氷嚢を当てながら、体温が上がりすぎた体を冷やす。
体から熱が逃げれば熱中症に似た症状も引く。
予め用意されていた担架に下ろされ、持ち上げられた。
「篝を医療テントにつれていけ。ほかの者は生き残った魔物の掃討だ」
「了解!」
サウナの如く熱せられた遺跡の中に、今度は仲間の冒険者たちが雪崩込む。
最前線をいく冒険者が、赤く熱せられた白亜の石材に魔法で水を掛けて冷却。
その後に仲間たちが続くが、ゴムが溶けたような体に悪そうな臭いがした。
誰かが先走って靴底を溶かしたな、こりゃ。
「あぁ、またオーバーヒートしたのね。そこに寝かせて」
医療テントに運び込まれ、ベッドに寝かされる。
「よう、女医さん。いい加減、名前教えてくれない?」
「駄目よ。教えたら私のこと口説くでしょ? あなた」
「いい女がいたら口説くのが礼儀だ。男の義務教育って奴」
「気軽に口説いてくる男には気をつけなさいって言うのが女の義務教育よ。ほら、ちくっとするわよ」
「いでッ。わざとだろ、今の」
「良い薬になったでしょ?」
点滴の袋を提げ、不敵に微笑んで女医さんは去って行く。
魅惑的だ。
腕は痛いけど。
「お前も懲りないな。そんな状態で口説くか? 普通」
「目病み女に風邪ひき男って言うだろ? 弱った時こそチャンスなんだよ」
「本当にブレねぇのな。よくやるよ、ホント」
氷嚢のお陰で粗熱が取れてきた感じがする。
粗熱って言うのか? まぁいいけど。
「じゃ、俺たちも行くから安静にしてろ」
「口説くのもほどほどにな」
「あぁ、ありがとな」
医療テントから二人が去り、一人になって息を長く吐く。
「……重いデメリットだな」
§
何事にも代償が伴うのが世の常だ。
作用には同じ大きさの反作用が生じるように、力を使うには対価が必要だ。
魔法の場合はデメリットという形で現れる。
空を飛べるようになる代わりに高所恐怖症になったり、嘘を見抜けるようになる代わりに嘘がつけなくなったり、風を操れる代わりに鎌鼬で身が裂けたりと魔法によって千差万別だ。
俺の場合は――火をつけてのデメリットは体温上昇。
デメリットを緩和させる魔道具や魔法陣を用いても、押さえきれないほどそれは重い。
火炎を放てば常に命の危機が付きまとう。
だから俺はどれだけ部隊で成果を上げても、冒険者の最下層Eランクから抜け出せずにいた。
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