7 女性用衣類が趣味ってどういう事?
ロイに連れられて、私は魔王城の廊下を歩いていた。話し合いの結果、住み込みで働くことになったので、ひとまず私が住む部屋まで案内してくれている。
魔王城は幾つかのエリアに分かれていて、会議室のあるこの辺りは執務のためのエリアらしい。明日から私の職場になる魔王の執務室も一つ上の階にあるそうだ。城の最上階で窓からの眺めが素晴らしいと聞き、私の楽しみが増えた。
さすが魔王の本拠地で、魔王城はとにかく広大だった。その上、入口付近には勇者を追い払うための罠があり、中階には勇者をイライラさせるための仕掛けがあり、地下には勇者を迷わせるための魔術が使われているという。宝物庫には勇者をガッカリさせるための宝箱型魔物まで居るそうだ。
勇者、随分と嫌われてるな。気持ちは分かる。人間国でも勇者達の住居不法侵入や器物破損や窃盗で、泣き寝入りする人が多いのだ。もちろん勇者もピンキリで、立派な勇者様も居るには居るのだが。
「ここからは居住用エリアだ。ここと執務エリア以外は危険が多いから、独り歩きは禁止だ。何処かに行きたい時は、必ず俺に言うように」
転移陣で下の階に移動すると、途端に賑やかになった。見たことのない魔物が大勢行き来している。食堂があり、店があり、大浴場まである。魔族の生活も人間とそう変わらないようだ、これなら魔王城に住み込みで働くのも問題ないだろう。
そんな風に思っていたこともありました。
「この部屋を使ってくれ」
そう言ってロイが開けてくれたドアには、大きく『ロイ』と書かれた表札が貼り付けられていた。
「えっ、でもここ、貴方の部屋なのでは?」
「そうだ。好きに使ってくれて良い」
そう言われましても。
「気に入らないか?だが、人間用のトイレがある部屋は限られるんだ。特注品になるから、新たに設置するにも時間が掛かるし」
「そうなんですか」
まさかトイレが問題になるとは思わなかった。だけど、手のひらサイズのピクシーとドラゴンが、同じトイレを使える訳がない。体格だけとっても魔族は多種多様なのだし、人型の魔族は絶対数が少ないのだ。私が使えるトイレも少なくて当然だ。
だけど、ロイと同室というのは、ねぇ?いくら見た目が大型ワンコとはいえ、男性と同室というのはねぇ?
戸惑う私を部屋に引き入れて、ロイはクローゼットを指し示す。
「荷物はここに。いや、待てよ……」
クローゼットの中には、ぎゅうぎゅうに衣類が押し込められていた。そのほとんどがドレスやワンピース等の女物だった。しかも、ロイが傍のチェストの抽斗を開けると、そこには女性用下着の数々が整然と並べられていた。
「えーっと、これは?」
ロイの恋人か、奥様の物だろうか。だとしたら、ここで私が暮らすのはダメだ。いくらトイレが大切でも、それはダメだ。
「ああ、これは……俺の趣味だ」
「趣味、ですか?」
ロイの答えに私は混乱した。
女性用衣類が趣味ってどういう事?作るのが趣味なの?でもこのスミレ色のワンピース、前にお店で見たことあるんだけど。欲しかったけど値段を見て諦めたのと、そっくりなんだけど。
「これ、何処で買いました?」
「人間国の、辺境の町だ」
やっぱり私が諦めたワンピースだ。服作りが趣味な訳ではないということは、着るの?女装が趣味なの?でも、どれもロイが着られるサイズではない。ますます混乱する。
ロイは、首をひねる私に背を向けて、クローゼットから幾つかの服を引っ張り出した。それらは今ロイが着ている服と同じ型の、パンツスタイルの上下だ。制服だろうか。ロイは制服をハンガーラックに掛け、空いた部分に私が持参した服を並べる。
抽斗の中身も少し詰めて、空間を作ってくれた。私のトランクから下着を出そうと手を伸ばしかけたロイだが、思い直したようで、私の下着にまでは手を触れなかった。
「よし、何とか入ったな。使い辛いようなら並べ替えてくれ。ここにある服も、良かったら着てくれ」
「私が、ここの服をですか?」
「そうだ。好みじゃ無いか?最近は買うのを控えているから、最新流行の服じゃないからな……」
クローゼットに掛かる大量の服を哀しげに見つめるロイを見て、私はある可能性に気がついた。
もしかして、ロイって女の子?
声の低さや俺という一人称、口調や凛々しい顔つき、肩幅の広さや背の高さといったことを総合して、私はロイが男性だと判断していた。だが、ロイの見た目は犬そのものだ。私には、外見だけで犬の性別を判断なんて出来ない。だから動物を拾ったら、必ず雌雄を確認することにしているくらいだ。
ロイが女の子だとしたら、色々と説明がつく。この女物の服はロイが以前着ていた服で、もちろん女性用下着もロイが使っていた物。私を同室にするのも女同士の気安さから。
不思議なことに、ロイが女の子だと思って見てみると、ハンサムだと思っていた顔が美人さんに見えてくる。やっぱり私、勘違いしてたんだ。ロイは女の子なんだ。だったらここで、ロイと一緒に暮らすのも楽しそう。
「ロイ様、ありがとうございます。この服着てみたかったんです」
私はスミレ色のワンピースをクローゼットから出して、自分の体にあてて見せた。ロイが目を細め、ウンウンと頷く。
「良かった、それ凄く似合う。明日にでも着てみてくれ。ああそれと、ロイ様なんて呼び方は止めてくれ。敬語も無しで頼む」
「分かりました、じゃなくて分かった。ロイ、これからヨロシクね」
「こちらこそ、末永く、宜しく頼む」
ロイのもふもふ尻尾がブンブン揺れている。可愛い!一緒に暮らしているうちに、尻尾のブラッシングさせてもらえないかな。