54 監禁コースは嫌だからね
結婚式から2週間が経ったが、私達はまだ宿泊施設から1歩も出ていなかった。部屋からすら移動出来ずにいた。ロイのせいだ。タガが外れたロイが起きている間中ずっと盛っているので、ベッドの上からほとんど動けない。
私は今ほど回復魔法が使えて良かったと、切実に思ったことは無かった。自分に掛けると威力は半減するのだが、それでも回復魔法無しでは下手したら死んでいたかもしれない。体力が違い過ぎる。
私は女性としては体力も気力も精神力もある方だと思っていたのだが、ほぼ魔犬になったロイの体力を舐めていた。獣人族の新婚あるあるも話には聞いていたのだが、ここ迄とは思わなかった。ひと月はベッドから出られないってのは、誇張でも何でもなく事実だったとは。
そんな獣人や、同じように番いへの執着の強い竜族の御用達だというこの宿泊施設は、何もかも至れり尽くせりだった。シーツはボタン1つで自動交換されるし、食事も勝手に転送されてくる。必要な物があれば、魔道具で伝言すれば直ぐに対応してくれる。快適過ぎる。
だけど、そろそろ部屋の中だけでなく、観光に出掛けたいというのが私の本音だった。せっかくリゾート地に来ているのに、部屋から景色を見るだけでは勿体ない。近くにある古代遺跡に行ってみたいし、海中観光ツアーも楽しそうだ。部屋に置いてあったパンフレットを眺めながら、何度かロイに訴えたのだが。
「もうちょっと2人きりで居たい。駄目か?」
その度にウルウルと潤んだ瞳で言われ、耳と尻尾をしんなりさせるロイに、私は連敗中だ。可愛こぶりながら私の身体中を触りまくり舐めまくるロイに、流されているとも言う。ま、まあ新婚だしね。だけどロイがあんまり調子に乗るようなら、躾け直さないといけないなとは思っている。実行するのは遥か先になるだろうけど。
「ねぇ、ロイ。半日だけで良いから出掛けようよ。この遺跡だけは絶対に見たいから」
私の口に次の葡萄を入れようとしていたロイを、手で制する。ロイは口に咥えた葡萄を飲み込んでから、また瞳をウルウルさせて首を振る。
「やだ。まだノエルが足りない」
いやもう充分でしょ。私はもうお腹いっぱいだよ。何なら食傷気味だよ。今だってお膝に抱っこされて口移しで食べさせられているし。
それに正直、このペースだと身体が保たない。私はただの人間なのだ。このままでは一生ベッドから起きられない身体になってしまいそう。
そんな懸念をやんわりと伝えると、ロイはそれは嬉しそうに笑った。
「いいな。そうなったらノエルは俺だけが頼りだ。俺が全部ノエルのお世話して、誰にも会わせず独り占め出来る」
「え、本気で言ってる?」
「うん!」
うわあ、ロイってそんな願望があったのか。道理で手錠なんか持ってるわけだ。まさか持って来てないよね?
魔王城から転送されてきた、まだ開けてもいないロイのトランクに目をやる。頬を挟んでロイの方に顔を戻された。チュウッと口づけられて、少し掠れた声で囁かれる。
「余所見しないで」
「ロイ……」
そのままベッドに押し倒されそうになり。
「おすわり!」
私は思わず叫んでいた。
ロイは私を手放し瞬時に床に正座する。最早反射だ。仔犬の時に仕込んでおいて良かった。
「ロイ、今私を壊そうと思ってたよね」
「そ、そんな事……」
「思ってたよね?私を独り占めしようって。ベッドの住人にしようって」
「いや、その……手加減無しでも良いかなーって、思っただけで」
これまで手加減されてたの?あれで?嘘でしょ!?
「ロイ、私監禁コースは嫌だからね」
「か、監禁なんてしない!」
「私が部屋から出られなくなったら、結果的に監禁になるでしょ。ダメだからね!私にそんな特殊な性癖は無いから!どうしても特殊なプレイがしたいなら、放置プレイのみ受け付けるよ。ロイが放置される方ね」
「それは嫌だ!」
「だったら私が嫌なこともしないで」
ロイは散々視線を彷徨わせて悩んだ挙句、渋々頷いた。そんなに私を監禁したかったのか。まずいな。早急にロイを躾け直さなくては。
「あの、ノエル?もしかして放置プレイ始まってる?」
そういえば、ワンコにはどちらが上か厳しく教え込まないといけないんだっけ。先代魔王の言ったように、ロイをテイムするべきなんだろうか。夫婦は対等が良いんだけどなぁ。
「ノエル、ごめんね。もう二度と馬鹿なことは考えないから。だから返事して。お出掛けしても良いから」
「ん?ロイ、出掛けても良いって言った?よし行こう、今から行こう!」
何故か頑なだったロイが折れてくれ、念願の遺跡巡りに出掛けられることになった。ロイが改心してくれるなら、テイムする必要はないかもね。
それからは普通のハネムーンらしく、昼間は観光、夜はベッドでイチャイチャと過ごした私達。ベッドで過ごす時間が減ったぶん、内容が濃くなったけど……まだ許せる範囲に収まっている。でも身の安全のために、いつか許容範囲を超えたら容赦なくロイを躾け直すつもりだ。