51 花嫁の父親役
東の塔から執務室に帰る途中、忙しそうに指示を飛ばすケンタウレと行きあった。
「あら?」
「すまん、バレてしまったのだ」
「……ロイちゃん」
ケンタウレは小さくなっているロイを見て、事情を察したらしい。キューンと鳴きながら大きな身体を更に縮めたロイをよしよししていると、ケンタウレは悪戯っ子に向ける母親のような顔をして、1つ息をついた。
「ま、バレたものは仕方ありませんわ。でしたら貴方方にも準備を手伝って頂きましょうか。ちょうど辺境伯が到着したようですので、お相手をお願いしますわね」
という事で、私達は行き先を変更して応接室へと足を向けた。
辺境伯というと、私を魔王国に送り込んだ領主様だ。魔王とは以前から交流があったそうなので、その関係で招かれたのかと思ったのだが。
「花嫁の父親役が必要だからって、呼ばれたんだよ」
一通り挨拶を交わしてから、領主様にそんな事を言われた。
「ノエル、この人がノエルの父親なのか?」
「違うけど、親代わりってとこかな」
両親が亡くなった後、領主様には子どもだった私が教会で働けるように取り計らってもらったり、色々とお世話になっている。
「そうか。じゃあ、えーと……ノエルを俺にください!」
「お前に大事な娘はやらん!」
ロイからどろりとした魔力が溢れ出し、領主様が青褪める。2人共何やってんの。
「いや冗談だ、是非貰ってやってくれ!」
「落ち着いてロイ。領主様に反対されたって、私はロイと結婚するから」
「駆け落ちか?愛の逃避行なのか?」
「魔王様、どこでそんな言葉聞いてくるんですか」
「ノエルと一緒なら俺は何処にでも行くからな!」
そんないつものやり取りと、私の背中にベッタリ張り付いたロイ。領主様の顔色が戻り、口元が綻んだ。
「幸せそうだな」
「はい、ですので魔王様とは結婚出来なくなりました。借金は少しずつでも働いて返していきますので、もう暫くお待ち頂けますか?」
「構わんよ」
魔王城での仕事は給料が良いので、そう遠くないうちに完済出来るはずだ。結婚しても今の仕事を続けるつもりだけど、まさか辞めろなんて言われないよね?
魔王にチラリと視線を送ったら、別の意味に取られたらしい。
「ノエル、辺境伯からの借金は幾らだ?」
「え?」
「これで足りるか?」
言いながら、魔王は自分の口の中に手を突っ込んだ。そして領主様に差し出した手のひらには、小さな牙が1つ乗っかっていた。
「え!?魔王様、自分の牙抜いちゃったんですか?」
「ああ、この前からグラグラしてて、気になってたのだ。辺境伯、これをやるからノエルの借金をチャラにしてくれ」
「いやいやダメですよ!私が自分で返済しますから!」
「ぬ、足りないか?」
「逆です多すぎます!」
魔王の牙なんて稀少素材、いったい幾らすると思ってるんだ。そんな物ポンと渡したらダメだよ!狙われて誘拐とかされるよ!
領主様も困惑──してなかった。目の前に差し出された牙を、ヨダレを垂らしそうな顔で凝視している。そうだった、この人は私を簡単に魔王城まで転送できるような魔術士だった。高度な魔術の媒介になりそうな魔王の牙は、喉から手が出るくらい欲しいだろう。
「ノエル、これがあれば領内に上下水道を完備出来る」
「ですが」
「借金返済のお釣りで、預かっている動物達の世話も続けよう」
「それは大変有り難いのですが」
「よし、交渉成立だな!」
あああ、魔王が領主様に牙を渡してしまった。もう絶対取り返せない、領主様めちゃくちゃ良い笑顔だよ。
「あの、魔王様」
「気にするな、持参金代わりだ!」
「いやそれ私がロイの保護者に渡すやつです」
「そうなのか?まあ細かいことは良いのだ!」
魔王も良い笑顔だ。凶悪な魔王のはずなのに、人が良過ぎるよ。
思わずよしよしと魔王の頭を撫でていると、ロイも私の首筋に鼻を擦り付けてくる。拗ねたような、甘えたような声で鳴きながら、自分も構ってとアピールしてくるロイのことも撫で撫でする。両手に花な私を見て、領主様が目を細める。
「良かったな、ノエル」
「はい。領主様、私を魔王城に送ってくださって、ありがとうございます。それから、今まで本当にお世話になりました」
私が深々と頭を下げ、ロイも倣う。何だか結婚前の親への挨拶みたいになってしまった。領主様が涙ぐんでいるように見えるのだが、気のせいだろうか。この方も人が良いからなぁ。
そんなこんなで式の前の時間は穏やかに過ぎていった。やがてケンタウレが迎えに来てくれて、私はウエディングドレスに着替えさせられる。着付けはコボルトの小母様達がしてくれた。あっという間に飾り立てられて、幸せな花嫁が出来上がる。
応接室に戻ると、燕尾服に着替えた領主様だけが、私を待ってくれていた。差し出された腕に手を添えると、計ったように悪魔術士が出現し、転送される。
さあ、いよいよ結婚式だ。