5 王族に必要な女性の色々といえば
今年で50歳になる魔王。魔王生誕50年を記念して、何か大きな催しをしたいなーと誰かが言ったのが発端らしい。祝い事といえば結婚式だとの短絡的な発想と、前魔王がこの年齢で結婚したという実績と、刺激の少ない平和な50年が生んだ退屈と、その他諸々が相まって、気がついた時には花嫁募集の書類が出来上がっていた。昼寝前に山と積み上げられて惰性で署名捺印した中にこの書類があり、引っ込みがつかなくなった。
魔王がたどたどしく説明したのはそんな経緯だ。随分といい加減だけど、魔王国は大丈夫か。他人事ながら少々心配になる。
私達は場所を移動し、会議室のような広い部屋で話していた。円卓を囲んで10個程度の椅子があり、その一角に腰掛けて、ワンコが淹れてくれたお茶を飲んでいる。
「とりあえず、魔王様に結婚の意志が全く無いのは分かりました」
話し終わって喉が渇いたのか、温くなったお茶をガブガブ飲んでいる魔王の隣で、私は嘆息した。事情は理解出来たけど、困った。ハイそうですかと家に帰る訳にはいかないのだ。
実は私、領主様に借金がある。魔王の嫁になって領地に利益をもたらせば、その借金をチャラにしてくれる約束なのだ。魔王と結婚出来ずとも、せめて何某かの有益な取引を取り持つなりして、少しでも借金を棒引きしてもらわなくては。
「ですがこちらにも事情がありまして。このまま家に帰っては、私は魔王様に振られた女だと笑われてしまいます」
それに借金のことは置いておいても、1日も経たずに引き返したら、確実に笑い者になる。ただでさえ、18歳を超えた私は行き遅れだと言われているのだ。それなのに男性とのデートより動物の世話に時間を割く私は、もういっそ、其処らのワンコとでも結婚しとけと言われているのだ。
ワンコ……そこのロイワンコは結婚してるのかな……いやいや何考えてんだ私。
「では、暫く魔王城で働かないか?」
「えっ、良いんですか?」
魔王が素敵な提案をしてくれて、困っていた私は飛びついた。
「実は、オレサマの教育係を増やそうと思っていたのだ」
「教育係ですか、でも私、そんなに頭良くないですよ」
読み書き計算は出来るし、歴史も好きだから詳しい方だと思うけど。一国の主の教育係が務まるような才女ではない。
困惑している私に、魔王は慌てて付け足した。
「ああ、教育係といっても政治経済を教えろとか、そういうのではない。何というか……人間国の暮らしとか、常識だとか、そういった普通の事を教えてほしいのだ。それに、魔王国には女性が少なくてな。女性が得意なことや趣味嗜好や、色々と女性のことを教えてもらえないかと……」
女性が得意なことって何だ?刺繍とか?私は苦手だけど。趣味嗜好と言われても、私の趣味は一般的とは言えないし、嗜好なんてそれこそ人によりけりだ。そんな偏った知識を教わって、どうするんだ。私にとっては有り難い話だけど、断るべきだろうか。女性のことを色々とって言ったって、何を──。
その時私は閃いた。王族に必要な女性の色々といえば。
褥教育だ!
そうか、難しく考えることなんて無かった。思いついてみれば、ごく普通のことだ。魔王だって王様なんだから、世継ぎを作るのは義務なのだ。そのための教育は必須だ。
しかし魔王国に女性は少ないという。しかも魔族は多種族で、種族ごとにかなり見た目が違う。見た目だけでなく身体の仕組みも違うのではないだろうか。そうなると営みの仕方も違う可能性があるわけで、更に言うと魔王のような人型の魔族は高位種族で人数も少なく、その少ない人型の魔族の女性は必然的に魔王のお后様候補で、そんな女性に褥教育を任せる訳にもいかなくて。
そこに、のこのこ現れたこの私。教育係を打診されるのも頷ける。
「やります、魔王様の教育係!」
シュバッと手を挙げて宣言した私。突然やる気になった私に面食らったのか、魔王が目をパチパチと瞬く。可愛い。どう見ても魔王はお子様だ。古風な言葉遣いをしていても、ちっちゃい子が頑張って大人ぶっているようにしか見えない。
この魔王になら素肌を晒すのもあまり抵抗は無いから、私の身体を教材にするのも可能だろう。この子と実技は無理だと思うが、それに近いことは教えられるはずだ。経験は無いし知識も多くはないけれど、基本さえ押さえておけば、あとは何とかなるよね。
褥教育を受け持つのは、本来なら夫を亡くした寡婦か、結婚したものの子が成せず離縁した女性だ。教育期間が終わったら、恩給を貰って悠々自適の隠居生活か、信頼の置ける臣下に下賜されて庇護を受けるのが一般的だ。何だそれ最高じゃないか。たまーに教育を施した王に気に入られて愛妾になる場合もあるけれど、私と魔王では有り得ないし。
よし、目指すは恩給と隠居生活!その過程で魔王と仲良くなって、ウチの領地に興味を持ってもらい、ついでにイイ感じの通商条約でも結んでもらえれば万々歳だ。
「魔王様、私頑張りますね!これから宜しくお願いします!」
「あ、ああ、宜しく頼む」
私は魔王の両手を取って、しっかりと握手した。若干魔王が引き気味だけど、ガンガンいくよ!