43 渾身の一撃を入れてくるからな!
今日の魔王城はのんびりムードだ。執務室にも私とマンドラゴラ爺しか居ない。
というのも、魔王国幹部の半数が人間国に出掛けているからだ。魔王を始め先代魔王とケンタウレに、暗黒竜が部下のドラゴンを引き連れて護衛に付いている。
ドラゴン部隊が魔王城の上空を埋める景色は圧巻だった。護衛というよりも、『馬鹿な真似したら如何なるか分かってんだろうな、あぁん?』との脅し文句を形にしたように見えた。特に強面のドラゴンを選んだと暗黒竜が自慢気に話していたから、人間国に対する威嚇や牽制の意味合いが強いのだろう。
魔王一行の目的はハルト王太子の引渡しと、王太子の処罰についての通達だ。ハルト王太子の刑罰は既に決まっていた。人間国と魔王国との取り決めで、どちらの国の者でも罪を犯した場所の法律で裁かれることになっているらしい。それでも罪人が一応王太子なので、人間国にも一応、お伺いを立てるのだそうだ。人間国に拒否するという選択肢は無いのだろうが。
ハルト王太子の処罰は魔王国からの永久追放と、ロイが私を救出するために壊した壁の修理代、それに女子どもに近づけなくなる魔術を施されることとなった。
何でもあの王太子、自国でもラブラブの木の実を使ってヤリたい放題だったらしい。婚約者を選定するためのパーティーでも、目をつけた何人もの女性にあのジュースを飲ませて関係し、無理やり側室や愛妾にしたのだとか。その中には宰相の愛娘や将軍の妹まで居たものだから大問題になり、人間国は今一触即発、国王のすげ替えも有り得るそうだ。
そんな状況になっても同じ事を繰り返した、ハルト王太子の神経を疑う。身分を偽って魔王国に来たのは、騒動から逃げ隠れするためでもあったようだし、全く反省していないようだ。
女子どもに近づけなくなる魔術は、人間国国王の立ち会いのもと行われる。これは国王への制裁でもある。王太子の行いを止められなかった責任に対してだ。
執行人は悪魔術士で、魔王達とは別ルートで人間国に向かっている。特殊な魔術らしく、特別な魔導具が必要なので、それを取りに寄ってから人間国に入るらしい。
今回私は被害者の立場だからと、使われる魔術についても簡単に説明された。設定された距離以内に女性や子どもが近づくと、男性の大切な部分に激痛が走るのだそうだ。知りたくなかった。
痛みの基準はロイが決めるそうで、彼は悪魔術士に同行している。ロイが魔導具に一撃入れて、その衝撃の測定値を痛みに換算するのだとか。
「ノエルに二度と近づけないよう、渾身の一撃を入れてくるからな!」
出発を見送りに出た私に、ロイがいい笑顔で約束してくれた。魔導具が壊れないか心配していたら、竜族が殴っても大丈夫なくらい頑丈な装置だ、と悪魔術士が請け合ってくれた。それなら魔導具は安心だが、ハルト王太子は……まあいいか、自業自得だし、世の女性の安全のためだ。
ロイにはもう1つ大事な役目がある。人間国の王宮に保管されているラブラブの木の実、ジュースはもちろん粉末や精油にしたものまで、根こそぎ回収してくるのだ。
ラブラブの木は、魔王城の庭園という特殊な環境でしか育たないはずだった。それをハルト王太子が持っていたのは、勇者サンマータが持ち帰った物を王家が横取りし、極秘裏に育てていたからだ。魔王城の物ほどは育たなかったようだが、少量でも絶大な効果が実証されている。ユーリ王子が魔王に使おうとしたのを理由に、残らず提出させるそうだ。
「まあ、オレサマには効果は無いんだけどな」
諸々の説明ついでに魔王が教えてくれた。魔王には全状態異常無効スキルがあるらしい。さすがは魔王様。お子様魔王はよく寝ているイメージだったが、自然な眠気に勝てないだけで、睡眠魔法は無効なのだそうだ。もちろん人間国には秘密で、被害だけを強調するのだが。
魔王には効かなくとも、ラブラブの木の実の効果は恐ろしい。回収の役目を与えられた時、人間国が隠し持っている分まで探し出してくると、ロイは胸を張って宣言した。ぜひともその嗅覚を活かして、頑張ってほしい。
そんなこんなでトップの居ない魔王城は、必要最低限の業務しか行われていなかった。ここ最近の忙しさが嘘のようだ。魔王の執務机にだけは未決済の書類が積まれているが、それも雪崩をおこす程ではない。久々の平和だ。
「はー、このお茶凄く美味しいです」
「そうじゃろう、ワシの特別製じゃからの。ほれ、かりん糖も食え」
「頂きます!」
マンドラゴラ爺とゆったりお茶をしながら、私はしみじみと平穏を堪能していた。
魔王達が帰ってくるのは、予定では3日後。ロイからもらった考える時間も、その日で終わる。
ロイが帰って来たら、1番に話をしなければ。これからの、2人の未来の事を。