4 魔王様、お服を脱ぎましょうねー
待合室で大人しくワンコの帰りを待っていると、突然凄まじい地響きと揺れに襲われた。あまりにグラングラン揺れるので、魔王城の耐震性に不安を持った私は、ワンコの言いつけを破って外に出た。怒られたら魔王城のボロさを言い訳にしよう。
掃き出し窓から外に出ると、もうもうと土煙が上がる中、目の前にクレーターが出来ている。誰かが最終奥義でも放ったかな?魔王城はなかなかデンジャラスな場所らしい。平和ボケした私のような者がうろちょろしていたら、あっという間にこの世とサヨナラ出来そうだ。私は口煩いとか面倒そうとか思ったことを、心からワンコに詫びた。
そのワンコがクレーターから這い出してきた。
「えっ、ちょっと、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「問題大有りだ!ロイ、危ないから無茶な事はするな!」
ワンコは子どもを抱えていた。5歳くらいの男の子だ。長い前髪の隙間から、三白眼気味の生意気そうな目でワンコを睨んでいる。今のに巻き込まれたのか、体中土埃で真っ黒だ。
「キミ、怪我とかしてない?回復魔法掛けてあげるから、おいで」
私はワンコから子どもを奪い取ると、あちこち確認した。こんな小さな子が可哀想に、さぞかし怖かったことだろう。
「……クゥーン」
あれっ、何処かに仔犬でも居るのかな?鳴き声のした方に目をやると、項垂れたワンコと目が合った。どうしてそんなに悲しそうなの?もしかしてこの男の子を取られたと思ってる?仲良しなのかな?
「怪我がないか確かめたら、直ぐに返してあげますから」
「いや、オレサマよりロイを先に見てやってくれ」
ロイというのはワンコの名前だろうか。優しい男の子だ、でも優先順位は決まっている。私より頭一つ背が高く、体格もがっしりしているワンコより、幼い男の子の方がどう見てもか弱いじゃないか。ワンコ自身も問題ないって言ってたし。
「良いから、ほら手を挙げて。服を捲るよ」
「はぁ?おい止めろ、不敬だぞ!」
「大袈裟だなぁ。怪我がないか確認するだけだから」
「服を脱がすな!オレサマは魔王だぞ!」
そんなはずは無い。魔王は今年で50歳になると聞いている。どう見ても5歳児の男の子とは別人だ。
「はいはい魔王様、お服を脱ぎましょうねー」
「止めろーっ!!」
ピカッ、ドーン!!
目も眩む稲光と耳をつんざく雷鳴、落雷を受けた魔王城がグラグラ揺れる。驚いた私は男の子を抱き締めた。その私をワンコが抱き締めるようにして、覆い被さる。パラパラと石くれが落ちてきて、ワンコに当たる。
「ノエル、怪我は!?魔王様も」
ワンコ──ロイは私の頭から顔、肩から腕、背中と順に触って怪我がないか調べた。全身くまなく調べ尽くし、私が無事だと確認するとホッと息をつく。そして男の子に向き直ると、しゃがんで視線を合わせた。
「魔王様、不用意に強力な魔法を使わないでください」
「すまん、恥ずかしくて、つい」
先程の落雷は、男の子の魔法だったらしい。そして男の子は本当に魔王だったらしい。
やらかしてしまった!
私は魔王を裸に剥こうとした痴女だ。寝室で二人きりなら有効な手段かもしれないが、いやこんな幼い見た目の魔王にそれは禁じ手だが、ともかく有り得ないほどの不敬を働いてしまった。これはもう、嫁になるどころか、仲良くしてくれなんて言うのも烏滸がましい。領主様に何て言えば……。
だがしかし、そこではたと思い至る。魔王がこの見た目なら、花嫁の条件の解釈が間違っていたのではないだろうか。あの忌々しい最後の条件、あれは単に、まだ胸が育っていない幼い子どもが対象だよとの意味だったのでは?紛らわしい、ハッキリと10歳以下限定とか書いてくれれば良いのに。いやでも10歳の女の子と50歳の魔王が結婚出来るのか疑問だ。そこは考えちゃ駄目なのか?外見年齢さえ釣り合っていれば可なのか?
「えーと、ノエル嬢、驚かせてすまなかった。改めて、オレサマは魔王だ」
「はい申し訳ありません!子ども扱いしてごめんなさい!」
「いや、まぁ、実際オレサマはまだ子どもだから……普通は40過ぎで成長期迎えるのに、全然背も伸びなくて……」
魔王の声が徐々に萎み、小さな背中が丸まる。コンプレックスまで刺激してしまったらしい。重ね重ね申し訳ない。
魔族と人間とでは寿命が数倍違うと知ってはいたが、どうやら成長速度も違うようだ。本来なら50歳の魔王は思春期に差し掛かるくらいの年齢なのだろう。色々と拗らせるお年頃だ、取り扱い注意だ。
あれだけやらかした後で今更だが、私は魔王の花嫁候補となるべく一夜漬けで叩き込まれた優雅な所作で、挨拶を述べた。
「ご挨拶が遅れました、人間国より遣わされましたノエルでございます。魔王様の花嫁にと申し付けられましたが、お望みなら、もっと年下の者を連れて参りますが」
「それなんだがな……」
魔王がモジモジしながら、こちらの顔色をうかがう。悪戯が見つかって叱られる前の子どものようだ。チラッチラッと横目に私を見ながら、何か言いかけては呑み込み、口を開いては閉じてを繰り返す。
助けてあげないのかとロイを見上げるも、ワンコは何故だか両手で鼻面を覆い、スンスン匂いを嗅ぐのに忙しそうだ。幸せそうに顔を綻ばせるワンコの助けは借りられそうにないので、私は辛抱強く魔王の言葉を待つ。
やがて意を決したのか、魔王が一息に言い切った。
「オレサマはまだ結婚するつもりは無いし花嫁募集は間違いだ」
「えっ?」
「お前はオレサマが結婚出来る歳に見えるか?」
「……いいえ」
正直に言った私は悪くない。悪くないとは思うが、薄っすらと哀愁漂う魔王の微笑みに、罪悪感が掻き立てられた。