34 しょんぼりしたワンコ
目覚めると、ベッドサイドの床にロイが正座していた。まだぼんやりとした頭で、どうしてロイが床にいるのだろうと思う。
彼は挙動不審で、ソワソワと落ち着きがなかった。顔を逸らしているが耳はこちらを向いていて、私の様子を窺っているようだ。視線は外しながらも視界には私が入るギリギリの辺りを見ていて、私が身じろぎする度に、一瞬だけ目玉が動く。
「ロイ?」
声を掛けると、大きな身体をビクリと竦ませた。怖がられているようで、ちょっと悲しい。私、何かしただろうか?寝惚けたまま記憶を探り──何かしたどころじゃなかった!
思い出した私は即座に布団を頭から被った。ロイに合わせる顔がない。穴があったら入りたいとはこの事か!こんなの身をもって知りたくなかった……!
私が襲い来る羞恥心に身悶えていると、ロイが鳴いた。仔犬が母犬を探して鳴くような、もの悲しい響きが延々と続く。この鳴き声に弱い私は、布団からそっと目だけを覗かせた。しょんぼりしたワンコと目が合う。
「ノエル、済まなかった。色々と、その、我慢出来なくて」
ロイに何かされただろうか。私がガッツリやらかした記憶しか無いんだけど。
「いや、謝らなきゃいけないのは私だよ。本当にごめんなさい」
私は何とか気力を振り絞って布団から這い出すと、ベッドから下りて土下座した。正直この程度のことで許されるとは思えない。でも処罰とか慰謝料とかは改めて請求してもらうとして、今は誠心誠意謝罪したい。
「もう二度と、今回のような事はないと誓うよ。ロイには極力近寄らないし、ロイの視界にも入らないようにするから」
「そそそそんなの嫌だ!」
「だよね、魔王城から出て行かなきゃ嫌だよね。魔王様に相談してからになるけど」
「ノエルは魔王城から出て行くつもりなのか!?」
「だってロイ、嫌なんだよね?」
「ああ嫌だ、ノエルと離れたくない!」
うん?話が噛み合ってないような。
私が頭を下げたまま首を傾げていると、ロイがズズッと鼻をすすった。声にも涙が滲んでくる。
「ノエル、もう俺とは顔も合わせたくないのか?」
「顔を合わせられないとは思ってるけど」
「そんな!ノエル、何でもするから嫌いにならないでくれ!」
「いや私がロイに嫌われてるんだよね」
「俺がノエルを嫌うなんて有り得ない!!」
「それは嬉しいけど、私にあちこち触られて、嫌じゃなかったの?」
「嫌なわけ無いだろ!俺の方こそ、ノエルをあちこち……舐めて……」
そうだっただろうか。よく覚えていない。
あの時の出来事は、ピンク色の靄がかかったようで、はっきりとは思い出せない。細かい事を思い出すと恥ずかしさで死にそうなので、あえて考えないようにもしている。何となく覚えている事だけで充分有罪なので、これ以上余罪を増やさないように記憶を封印したい。
だけど、これだけは確認しておかねばと、私は少しだけ頭をもたげてロイに尋ねた。
「あまり細かい事を覚えてないんだけど、何処を舐めたの?」
「……掌とか、手首とか……」
それなら許容範囲だ。舐めるのは犬の習性だから、気にしない事にしている。
だけど、ロイは男の子だったんだよね。これからは、その辺りの線引きを少し厳しくしないと。
「それと……ここら辺……」
「ぉおぅ……」
ロイが耳の中まで赤くして、震えながら指差したのは、私の鎖骨の辺りだった。これはさすがにアウトだろうか。人間がやったらアウトだよね、でもロイは犬だしね。
ロイは滅茶苦茶気にしてるみたいだけど、犬を基準に置けば親愛表現の範疇だ。私としてはロイと気まずくなるのは避けたいし、そもそもロイの服を剥ぎ取った痴女に、抗議する資格は無いよなー。手打ちにしたらダメかなー。
「ロイ、無かった事にして忘れよう!」
「無理だ、忘れるなんて」
「そっかー、私の方が酷い事してるのに、相殺しようなんて虫が良すぎるか」
「そうじゃなくて、俺は忘れたくないんだ!」
「ずっと覚えてて根に持ってやるってこと?」
「違う!俺は、俺は!」
言い淀み、言葉が続かないロイ。何度も口を開いては閉じ、言いかけては黙り込む。
それ程言い難いことなんだろうか。ロイは割とすぐ口や顔に出るタイプだと思っていたが、実は違って、ものすごく我慢させてしまっていたんだろうか。
辛抱強く待ったが、とうとうロイが飲み込んだ言葉を聞くことは出来なかった。沈黙に耐えかねた私は、歯を食いしばって震えるロイに手を延ばす。
ロイに触れるのは勇気が必要だった。振り払われたらショックで立ち直れないかも、そう思ったが、ロイとの間に溝が出来たままだと寂しい。
「ロイ、私はロイに舐められても、嫌じゃなかったよ?でもロイが悪かったと思ってるなら、私はロイを許すから。ロイは私のした事、許してくれる?」
ロイは何度も頷きながら、私の両手を握り締める。振り払われなくて良かった、ロイとはこれからも仲良くしたい。
「ありがとう。それから、私を助けてくれて本当にありがとう!」
私が笑顔を浮かべると、ロイもやっと笑ってくれた。