32 今は第1形態?
執務室に残った魔王達は、事の成り行きを固唾をのんで見守っていた。通信機器から入る報告で、ノエルが無事に保護されたのは確認出来たが、その先の情報がわからない。
少し前に、城内一斉放送を耳にしたケンタウレが飛び出していったが、魔王は付いて行きたいのを我慢した。ユーリ姫が居るからには、身分的に姫より上の魔王が抑えておかなくてはならないからだ。
ユーリ姫には、沈黙の魔法と拘束具が掛けられていた。暗黒竜が姫の正面に陣取って、睨みを利かせている。一先ず大人しくしていたが、姫の目は不満でいっぱいだった。
そんなユーリ姫から距離を取って、扉の辺りを落ち着きなくうろうろしていると、先程送り出したケンタウレが満面の笑顔で戻ってきた。
「間に合いましたわ!」
短くも嬉しい報告に、暗黒竜と快哉を叫ぶ。良かった、いずれはロイとノエルに結ばれて欲しいが、今はその時ではない。こんな顛末で2人が夫婦になっても素直に喜べない。
暗黒竜やケンタウレと喜びを分かち合っていると、Dr.マッドもひとり疲れた顔で戻ってきた。それでも魔王達の様子を見て、ほっと息をつき小さく笑む。
「ロイ達は無事に辿り着いたようですね」
「ええ、2人がベッドで寝落ちた所まで、しっかり確認しましたわ!」
ケンタウレが胸を張って答える。
「あのハルトとかいう王太子は如何なったのだ?」
「ああ、気を失ってたんで牢屋に入れて来ましたよ。ロイがやらかしたみたいで」
「うーん、まぁ……そこは仕方がないか」
王太子はロイにボコボコにされる運命だったのだ。そう思って諦めよう。
「しかし、どうせこうなるのなら下手な小細工は必要なかった。初めから堂々と、ノエルを賭けてロイと王太子に決闘でもさせれば良かった。そうすればオレサマは巻き込まれなかったのに」
魔王はロイから向けられた殺気と、ユーリ姫から感じた恐怖を思い出し、ぶるりと身震いした。素直にノエルをロイの嫁として呼んでいれば、あんな目に合わずに済んだかもしれない。過ぎたことを言ってもどうにもならないが、愚痴くらいは許してほしい。
「ですが、いずれにしてもユーリ様は、何時かは魔王城にやって来たのでは?魔王様はまあまあ優良物件ですから」
「わたしは条件だけで魔王様に惚れたんじゃないわよ!」
いつの間にか沈黙魔法が解けていたようだ。ユーリ姫は椅子からピョンと飛び下りると、Dr.マッドに詰め寄って文句をつけた。
「面識も無いのにどうやって惚れるんです?」
「会ったことあるわよ!去年ウチの離宮に来たじゃないの!」
「いいや、オレサマは魔王国から出たことがない」
「嘘つかないでよ、あんなにそっくりで別人のわけ無いじゃない!魔王だって名乗ってたし!」
魔王国の面々は顔を見合わせ、首を振ったり傾げたりする。心当たりがまるで無い。本人の言う通り、魔王は1度も外遊した事がないのだ。私用で人間国に行ったことも無いし、人違いじゃないのか?
「サイズが違うだけで全く同じ顔してたのよ?あれが本当の姿でしょ!?」
「ちょっと待て、サイズが違うってのは」
「わたしが会った時は大人サイズだったわ。王様なんだから大人でしょ?今は第1形態?魔王は形態変化するって知ってるんだから!」
「いや、オレサマにはこの姿しかないが」
「嘘でしょ!?魔王がこんなチビのはずないわ!」
落ち込んだ魔王の頭を、ケンタウレがよしよしして慰める。魔王の仕草はどう見てもお子様で、ユーリ姫がますます激高する。
「さっさと本物の魔王を出しなさいよ!」
「……オレサマ本物の魔王だし」
「貴方じゃ話にならないわ!本物は、あっほら、そこに居るじゃない!」
ユーリ姫が指差した先には、魔王をそのまま大人にした姿の男が立っている。執務室を覗いているその男こそは。
「父上!?」
「マオウ様!」
連絡のつかなかった先代魔王、その人だった。
「いやアンタかよ!」
「父上が全ての元凶、いや原因なのですか!?」
「帰って来て早々酷いな。我輩何かしたか?悪魔術士から鬼のように連絡来てたから、一応帰国してみたんだけど」
ポリポリと爪で頬を掻くマオウへと、ユーリ姫が抱きつく。
「やっと会えましたわ、わたしの魔王様!」
「やあユーリちゃん、久し振り。大きくなったね」
「ええ、わたしは大きくなりましたわ!だから魔王国に来ましたわ!」
「いらっしゃい、よく来たね」
和やかに会話する2人は、とても仲が良さそうだ。魔王は嫌な未来予想図を描いてしまった。もしかして、ユーリ姫を母上と呼ぶことになるのか?
「あのー父上。父上はユーリ殿と結婚なさるのですか?」
「えっ、何で?」
「ユーリ殿に求婚されたのでは?」
「してないよ?」
「魔王様はわたしに、大きくなったら魔王国に来いと言ってくださったじゃないですか」
「あーうん、ユーリちゃんが魔王国に行きたいって駄々捏ねるから、大きくなったら遊びにおいでって」
魔王は心の中でガッツポーズをした。義理の母親は出来ないようだ!
周りを囲んでいた幹部達も、明らかに表情を緩め緊張を解いている。けれどユーリ姫は納得がいかないようで、マオウの腹に顔を埋め、イヤイヤする。
「わたし、あれはプロポーズだと思ってましたわ!勘違いさせた責任を取って、わたしと結婚してください!」
「でもユーリちゃん、君は男の子だよね?」