30 ケダモノはお前だ!
私は自らハルトの腕の中に身を投げ出した。その勢いのまま押し倒し、仰向けになったハルトに馬乗りになる。右手をハルトの左手に絡め、左手で彼の頬を撫でた。指先を滑らせ唇をなぞると、ハルトが舌を出して私の指を舐める。
彼の右手は私の上着のボタンを外そうとしていた。身体を倒し、ハルトの胸板に密着する。胸と胸に挟まれてもボタンの場所を探っている彼の手がくすぐったくて、私は笑みを溢した。
「焦らないで。時間はたっぷりあるんでしょ」
ハルトの耳元で囁く。
「私、何もかも初めてなの。まずはキスから、順番にして欲しい」
「ああ、良いだろう」
「ありがとう。じゃあ、恥ずかしいから目を閉じて」
ハルトが目を閉じる。私は右手にギュッと力を入れて。
ガチャン!
彼の左手首に手錠を掛けた。
「な、何だ?」
状況を把握される前に、胸で抑えていた彼の右手にも手錠を掛ける。両手を拘束されて唖然としていたハルトだが、嵌められた手錠を眼前に掲げて吹き出した。
「やはりお前は面白い。拘束プレイがお望みか?」
「それも良い……訳ないでしょ!私にそんな特殊な趣味はない!」
「こんな物持ち歩いておいて、よく言う」
ハルトはケラケラ笑っているが、本当に私の趣味じゃない!たまたまポケットに入っていただけだ!
私が今着ている上着は、ロイと植物エリアに出掛けた時のものだった。あの朝ロイから回収した手錠を、後で処分するつもりでポケットに入れたまま忘れていたのだ。
ロイ、あの時は特殊性癖だとか思ってごめん!今凄く役に立ってるよ!
「で、キスはまだか?」
「貴方となんかしない!絶対、したい!違う、しない!」
「無理するな、したくて堪らないんだろ?」
違う、違わない、ああキスしたい、ダメだこんな奴と、こんな格好良い人と、キスだけじゃ足りない、触りたい脱がせたい抱き合いたい舐めたい交わりたいしたいしたいしたいしたいしたい!
媚薬の効果は絶大だった。殆ど吐き出したはずなのに、口に残った極少量だけで、私の理性を突き崩す。願ってもいない望みを捏造する。本能を煽り燃え上がらせる。
私はそれらに必死に抗っていた。手錠のおかげで一瞬正気に戻れたので、そこを足掛かりにして踏み留まる。
しっかりしろ私!ロイ達が今頃探してくれているはずだ。魔王城の中なのだから、きっとすぐに見つけてくれる。こんな顔だけの男なんか願い下げだ、どうせならロイのほうが、ってロイは女の子だよ!でも目の前の胸板よりロイのモフモフした胸毛が良い、耳とか尻尾とか触りたい、ロイを裸に剥いて全裸で包まれたい!
おい本当にしっかりしろ私!!ロイは女の子!でもこの際女の子でも良い、いや良くない、ロイは魔王が好きなのに、なら魔王も一緒に、一緒に如何するつもりだ私にショタの素養は無いはずだ!
うあああ如何しようこれ厳しいよ、私こんな願望があったの?心が折れそうなんだけど。
ワタワタしているうちに、痺れを切らしたハルトが私を引き倒した。あっという間に上下を入れ替えられ、今度は私が組み敷かれる。こうなると、いかにハルトが細身でも、非力な女の私が力で押し返すのは至難の業だ。
「さあお嬢様?キスから始めようか」
冗談じゃない、貴方となんか何も始めるつもりは無い!
せめて右ポケットのペンを武器に取ろうとしたが、右手首を掴まれ押さえられた。でも手錠のおかげで私の両手を捕まえるには至らず、左手の自由は奪われていない。顔を近づけてくるハルトの顔面を押し戻して抵抗する。相手にはまだ余裕があり、掌をベロリと舐められる。ぞわりとしたが、それが嫌悪感か官能か区別がつかない。
まずいまずいまずい、思考回路だけでなく感覚まで可怪しい、お願い早く、早く誰か助けに来て!
祈った瞬間に轟音が響き、壁が吹き飛んだ。開いた風穴から光が射し込む。
「ノエル、無事かっ!」
叫ぶ声と共に飛び込んできたロイが、王子様に見えた。いや王女様?最高にイケメンな救世主様に、後光がさしている。瓦礫を掻き分けて近寄ってくるロイ。私にのし掛かったまま、ハルトが喚く。
「何なんだ、獣の分際で!」
「ケダモノはお前だ!」
ロイはハルトの襟首を掴んで釣り上げ、勢いをつけて放り投げた。部屋の反対側の壁に叩きつけられて、ズルリと壁を伝い落ちるハルト。気を失ったのか、動かなくなる。
「ロイ、ロイ!ありがとう!」
私を庇って立ち塞がるロイの、背中に飛びついた。私が飛びついてもびくともしない、逞しく広い背中、格好いい。首筋に抱きつくといい匂いがする。この匂い好き、毛並みの手触りも好き、ハスキーな声も好き。
「ノエル、大丈夫なのか?」
ロイが後ろ手に私に触れる。もこもこした手は優しくて、私を気遣い心配してくれているのが分かる。
私はロイの正面に回り込み、改めて抱きついた。ロイはそっと、壊れ物を扱うように私を両腕で囲う。嬉しい、もっとギュッと抱き締めてほしい、モフモフしたいのに服が邪魔!
私はロイの服を剥ぎ取りながら、上目遣いにおねだりした。
「ロイ、お願い全部脱いで♡」