表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/55

3 犬は人間と結婚出来ないぞ

 魔王様はやはり執務室で仕事中だった。俺が蹴破る勢いでバァンと扉を開けると、大きな執務机の向こうで魔王様が目を丸くした。


「どうしたロイ。勇者でも不法侵入してきたか?」


 魔王城の定番ジョークを口にする魔王様に、俺は握り締めていた書類を突きつける。爪が刺さって何ヶ所か穴が空いているが、とりあえず読めれば良いだろう。本当ならこんな呪われたアイテム、ビリビリに引き裂いてやりたいのだ。


「何だ?」

「魔王様。花嫁探しをされているとは知りませんでした。俺に秘密にしていたのは何故ですか?」


 魔王様は椅子の上で立ち上がり、書類に手を伸ばす。知らなかったとは言わせない、なにせ書類の最後にはご丁寧に魔王印が捺されているのだ。


「あー、これはだな……」


 書類を一瞥し、途端に挙動不審になった魔王様。やっぱり何か知っている。俺は悲しくなって床に伏せた。鳴きそうになるのを何とか堪え、上目遣いで魔王様に訴える。


「この花嫁の条件ノエルくらいしか当て嵌まらないですよね魔王様もノエルが好きなんですか俺の番いと結婚したいんですか俺があんまりノエルを誉めるから魔王様もノエルに惚れちゃったんですか」

「待て待て誤解だ、ロイちょっと落ち着け」

「いくら魔王様にでもノエルは渡せませんからノエルと結婚したければ俺を殺してください俺は死んでもノエルから離れませんけど魔王様ならちょっと呪われたってどうってことないですよね」

「お前怖いよ、おいさっそく呪いを発動しようとするな!ロイステイ!ステーイ!!」


 ハッ危ない、もう少しで魔王様に向かって呪いをぶっ放すところだった。魔王様は俺を拾って飼ってくれたうえ、俺がノエルに相応しくなれるよう、協力してくれている恩人なのに。


 魔王様に出会った当時の俺は、ご飯も食べられないほど衰弱していた。心配した魔王様は事情を聞いてくれ、俺がノエルへの想いを切々と語ると、こう言った。


「犬は人間と結婚出来ないぞ」


 その時の俺の絶望。知らなかった、犬と人間では身体の仕組みからして違いすぎ、番うことも出来ないなんて。

 俺は鳴いて哭いて泣きすぎて、脱水症状に陥った。見かねた魔王様が、魔法と魔術を駆使して異種交配への道を切り拓いてくれた。人間のノエルと番えるように、俺が魔犬に進化出来るよう術を掛けてくれた。

 

 そんな優しい魔王様が、どうして俺の番いを横取りしようとしているんだろう?しがない犬の頭脳では理解不能だ。


「ロイ、魔力が漏れてる漏れてる、ステイだ、な、ステイだからな?」

「魔王様、俺は」

「まあ聞け、とりあえず聞け。オレサマの花嫁なんて募集してない。何処にも魔王の花嫁を探しているなんて書いてないだろ?」


 目の前に突き返された書類を、じっくりと検分する。題字にデカデカと花嫁募集!とあり、次いで花嫁の条件が箇条書きされ、最後に魔王様の署名捺印。


「な?誰の、花嫁を募集するかは書いてないよな?」

「それは、そうですが……。では誰の花嫁を募集するつもりだったのですか?」

「お前に決まってるだろう」


 途端に世界は明るく美しく彩られ、花びらが舞い虹が掛かり、天使がラッパを吹き鳴らす。福音の鐘の音に、俺の尻尾がブンブンバフバフ揺れる音が重なる。


「お前の花嫁なんだから、あの条件になるのは当然だろう。名指しでノエル嬢を呼び出しても良かったんだが、それだとほら、魔術の制約に触れてしまうかもしれないからな」


 俺をただの犬から魔犬に進化させる魔術には、厳しい制約があった。ノエルに俺の想いを伝えると、その時点で魔術の効果が切れる。俺はまだ魔犬に進化する途中で、今の身体では、まだノエルと異種交配出来ないのだ。


 魔術も魔法も万能ではない。古来魔術に制約は付きもので、だから俺は完全な魔犬に進化し終わるまで、ノエルとは会わないと決めていた。直接会ってしまったら、この溢れる想いを抑えるなんて不可能だから。

 けれど会いたくて仕方がなかったのも事実だ。だからDr.マッドに頼んでメカビーでノエルを見守ってもらい、撮影した映像を引き取って眺めては、ノエルに求婚する日を夢見ていた。


 さっきはブンブン揺れようとする尻尾を後ろ手に押さえ付け、努めて事務的に接することでクンクン鳴くのを何とか防いでいた。目の前にいるのが昔拾った仔犬だと気付かないノエルに名乗りを上げなかったのも、昔話をするうちに愛を囁いてしまいそうだったからだ。

 魔王様はあまりにノエルを恋しがる俺を可哀想に思って、親切でノエルを呼んでくれたのだろう。でも俺は制約を守っていられるだろうか。自信がない。


「ロイ、勝手なことをして悪かった。嫌ならこれは取り下げようか」

「遅いです。もうノエルが下に来ています」

「えっ、そうなのか?本人が来てるのか?」


 ノエル本人が来てる、そして待合室に待たせている。グダグダ喋っているうちに、随分時間が経ってしまった。ノエルは無事だろうか、まさか男に囲まれたりなんてしてないよな?


「ロイが辛いなら、ノエル嬢には別荘でも用意して──」

「ダメです無理ですまたノエルと離れるなんて耐えられない」

「分かった、何とかしてやるから鳴くな、耳をペッタリさせるな!」


 さすが魔王様、だったら急いで戻らなくては!

 俺は魔王様を小脇に抱え、執務室の窓を開け放った。眼下に城門が見える。ここからは死角になっているが、待合室は城門の斜向かいだ。かなり高さがあるが、まあ、いけるだろう。


「ロイ?おいお前ちょっと待て、お前犬だから飛べないよな?」

「直ぐに戻るとノエルと約束したのです。最短ルートで戻ります」

「いや危ないから、オレサマ飛べるから離せ──ギャーッ!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ