23 アレはまだ仔犬です
ロイとノエルが出ていって暫くして、魔王達3人がこっそりと会議室に戻ってきた。パタンと後ろ手に扉を閉めた魔王が、脱力してその場に蹲る。
「何とか生き永らえたのだ……」
安堵からさめざめと泣き始めた魔王を暗黒竜が抱えて、椅子に座らせる。その間にマンドラゴラ爺が茶を淹れてやり、茶菓子と揃えて魔王に手渡す。
「やれやれ、トチ狂ったロイ坊は勇者より恐ろしいのぅ。寿命が縮むかと思ったわい」
「オレサマ確実に何年か縮んだぞ。何度か死を覚悟したのだ」
「オレもだ。Dr.マッド、見捨てて逃げて悪かった」
バツが悪そうに頭を下げる暗黒竜、それに倣う魔王とマンドラゴラ爺。Dr.マッドは特に気にしていないようで、機械化されていない顔半分で笑った。
「大丈夫ですよ、ちゃんとロイの機嫌を取るためのアイテムを準備してましたから」
ヒラリと振って見せたのは、モフモフ券10枚綴りだ。他にもお散歩券だのグルーミング券だのが、もう片方の手に束になって握られている。
「おい、こんなもんが有るなら先に渡しといてくれよ。オレとマンドラゴラ爺が、どれだけ苦労したと」
「番いちゃんに渡して使ってもらわないと意味がないでしょう」
「そんな事はない!オレサマもロイをモフモフしたい!」
「魔王様がロイをモフモフしても、ロイの殺気は減らないでしょうが」
「そうじゃのー。嬢ちゃんがロイ坊をモフモフしてこそじゃのー」
「だけどよ、ノエルにモフモフされて、ロイは理性が保てるのか?」
モフモフ券10枚綴りを感心したように眺めていた暗黒竜だったが、ふと思い至り、裏面を見て更に心配になる。
「このオプションのブラッシングも、要は毛繕いだろ?獣族の求愛行動じゃねーか」
ノエルに肉球をプニプニされただけで、ロイは厳つい顔を蕩けさせていたのだ。刺激が強過ぎるのでは?そんな暗黒竜の不安をよそに、Dr.マッドは落ち着き払っていた。
「それも大丈夫ですよ。ロイの部屋にはプラトニック強制機器が設置してありますから」
「何だそりゃ?」
「強制的にプラトニックな状態をキープする機械です。健全なお付き合いを超えるような雰囲気を検知すると、強力な睡眠魔法が発動します」
「どういう判断基準だよ」
「ボクの独断と偏見ですね」
「ノエルは嫁入り前のお嬢さんだからな!厳しめの設定にしてもらった!」
ドヤ顔で言う魔王には、好きな女と一緒にいるのに手を出せない男の辛さが分からないのだなと、暗黒竜は察した。まだお子様だから仕方がないが。
「ロイが不憫だな……」
「暗黒竜、ロイはまだ産まれて2年ですよ。早く大人になりたいというロイの願いに魔術が反応して、図体ばかり大きくなりましたが、アレはまだ仔犬です」
「デカくなり過ぎなのだ。オレサマも成長する魔術に掛かりたい」
「ロイの言う番いになりたいは、子どもがママと結婚したいと言っているようなものです。実際ロイは性成熟もまだですし、完全な魔犬に進化出来ないのも大人になり切っていないからです」
「精神的にも、まだまだ子どもじゃしのぉ」
マンドラゴラ爺がウンウンと、Dr.マッドの言説に頷く。コトリ、コトリと全員の前に湯呑みを置いて、木皿に煎餅を山と盛る。
魔王が山盛りの煎餅から1枚取ると、微妙なバランスを保っていた煎餅の山がガラガラと崩れた。
「失敗したのだ」
「ユーリ様の件は、ロイが精神的に成長する良い機会だと思います。もう暫く番いちゃんに魔王様の婚約者を演じてもらいますので、魔王様は頑張ってください」
「……鬼だな」
「命大事に、じゃのー」
「当て馬のうえに命の危険があるとか、側近が鬼畜過ぎる」
「魔王様はやれば出来る子ですから。あ、お煎餅はあと1枚だけですよ。夕御飯が食べられなくなりますから」
既に夕食どころか、子どもは寝る時間だった。皆夕食を食べ損ねたせいで腹ぺこで、バリバリボリボリ、煎餅が瞬く間に減ってゆく。
「夕御飯は要らない。それよりも眠いのだ」
「はいはい、お風呂に入って歯磨きしましょうね。ボクは魔王様を寝かせてきますので、お二人共後は宜しく」
Dr.マッドが魔王を連れて出て行くと、会議室に残った2人は、どちらともなく酒瓶を取り出した。湯呑みをお猪口代わりに酒を酌み交わす。
「面倒くせー事になったな。人間国なんて、オレの部下達引き連れてチョイと脅せば大人しくなるのによ」
「100年前ならそれで済んだんじゃが、今は人間とも仲良くせんといかんからの。まあ、あんまりにも目に余るようなら、ワシの特性マンドラゴラ薬の出番じゃろうな」
暗黒竜とマンドラゴラ爺は共に500歳を越えていて、人間とは闘っていた時間のほうが長い。今は先代魔王からの方針に従って、無闇に人間に喧嘩を吹っかけたりはしていないが、人間の方から喧嘩を売ってくるなら話は別だ。面倒くさい交渉だのはすっ飛ばして、実力行使に出るのも吝かではない。と言うより、その方がスッキリする。
「最近は平和過ぎて、うちの若いのが暴れ足りないみたいでよー」
「ワシも、新しく調合した薬を使ってみたくてのー」
酒に酔い口が軽くなった2人は、笑いながら物騒な話で盛り上がる。だが、実際行動に移すとなると、後始末の大変さを思って面倒になるのも又、事実だった。