17 ろくなお手紙が来なかったんだろうね
魔王城での仕事にも慣れてきて、気が緩んできた頃に事件は起きた。
「あの、魔王様」
仕分けていた書類の中に明らかに異質な物を見つけた私は、執務室の奥へと急ぐ。山積みの書類にペッタンペッタン判を押していた魔王は、手を止め顔を上げた。私が仕事中の魔王に話し掛けるのは稀なので、もの珍しそうに見上げてくる。
「如何したのだ?」
「これなんですが。重要な物ではないかと思いまして」
私は手にしていた封書をおずおずと差し出した。勘違いなら良い、私が笑われるだけだから。だけどこの印、ウチの国の国旗とよく似てるんだよね。
封書を閉じる封蝋には、紋章化された獅子が座っていた。
「ゲッ、これ国書ではないか」
封蝋をひと目見て呻き、魔王が顔を顰める。汚いものでも触るかのように、親指と人差し指で封書をつまみ上げる魔王。
これまで人間国から、ろくなお手紙が来なかったんだろうね。人間国の国民として、申し訳無い気持ちになってしまう。
横にいたロイが封書を受け取ると、鋭い爪で開封した。本来なら執務室に届く前に開封され、安全を確認されるものなのだが、表書きが流麗過ぎて読めなかったのだろう。封筒が最上級の高級紙だから執務室行きじゃね?と安直に振り分けられ、でも間違ってたら拙いから開封したくないなーと責任を先送りされて、ここまで届いてしまったのだろう。魔王城の文官不足は深刻だ。
幸い封書は爆発することも禁呪が発動することも無く、無事開封された。中身は便箋1枚。魔王が受け取ってザッと目を通し、頭を抱えた。
「如何されました?」
「ロイ、急いで幹部を集めてくれ。ああ、ノエル嬢も残ってほしい」
緊急事態と判断して退出しようとした私は、魔王に呼び止められる。読め、と渡された便箋を一読し、私はうっかり口にしてしまった。
「ご結婚おめでとうございます、魔王様」
「しないから。する気もないから」
「ですが、これ断れます?誰もが私のように聞き分けが良いとは限りませんよ」
便箋には、ウチの子が魔王の嫁になりに行くからヨロシクねーという内容が、堅苦しい文言で記されていた。魔王が再度頭を抱える。
「どうしよう……」
「あのー、そもそも以前から人間国との縁談があったんですか?」
「そんな話は一度もない。なのに、なんでいきなり嫁いでくるんだ?人間同士だと、いきなり嫁が押し掛けてくることがあるのか?」
「平民なら押し掛け女房なんてものも、あるにはありますが。王侯貴族では有り得ないと思います。貴族階級だと、結婚は家と家の結び付きのためのものですから」
私は平民なので聞きかじっただけの知識だが、間違ってはいないと思う。領主様のお嬢様も、いずれは家のために政略結婚する身だと嘆いていた。
両家の力関係によっては一方的な婚姻もあるかもしれないが、魔王国と人間国は建前のうえでは対等な立場だ。だからこそ、関係が微妙になるような一方的な行いは、慎まれると思うのだが。なんでこんな──あ。
私は、ごく最近、自分が同じような事をした事実を思い出した。
「魔王様、ちょっとお聞きしたいのですが」
「何だ?」
「魔王様の花嫁募集が間違いだったって、ちゃんと撤回しました?」
「もちろんだ。幹部達から部下に周知させた」
「人間国にも周知しましたか?」
「あ」
それが原因だよ!
人間国では魔王の花嫁募集が放置され、国王陛下にまで届いてしまったのだろう。魔王が望んでいるのであれば、一方的な行いにはならない。魔王好みの花嫁を仕立てて送ってくるのも、政治的な駆け引きとしては有りだろう。
「うあああ、どうすれば良いのだ……」
涙目で取り縋られても、私には如何しようもない。魔王の頭をよしよしと撫でながら、偉い人達が早く来てくれないかと戸口に目をやる。
タイミング良く、ロイが駆け戻ってきた。後のことは賢いワンコと仲間達に任せて、私は魔王が少しでも落ち着けるように、お茶とお菓子でも用意しよう。
私は魔王を託そうと、小さな身体をロイのほうに押し出した。ロイが転がるように駆けてきて、魔王にぶつかるようにして止まる。跳ね飛ばされかけた魔王を慌てて後ろから抱き留めると、ロイまでが涙目になりながら、私に取り縋ってきた。重いよ、重量オーバーだよ、支え切れないから!
「ノエル、魔王様と距離が近過ぎる、離れてくれ!」
「そのためには、まずはロイが退いてくれないと」
魔王は私とロイに挟まれて、潰れかけている。
「ロ、ロイ……幹部は招集出来たのか?」
「連絡はしました。急ぎ会議室に集まるように伝えています」
「そうか、ではオレサマ達も──」
「大変です、魔王様!」
今度は何?
執務室に駆け込んできたのは、伝令担当の魔族だ。彼は息を切らせながらも、与えられた仕事をこなす。
「城門より伝令です!たった今城門に、魔王様の伴侶だと仰る方がいらしているそうです!」
「えっ?魔王様、いつの間に結婚されたのですか?」
無邪気なワンコが尋ねると同時に、魔王が崩れ落ちた。