表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/55

17 ろくなお手紙が来なかったんだろうね

 魔王城での仕事にも慣れてきて、気が緩んできた頃に事件は起きた。


「あの、魔王様」


 仕分けていた書類の中に明らかに異質な物を見つけた私は、執務室の奥へと急ぐ。山積みの書類にペッタンペッタン判を押していた魔王は、手を止め顔を上げた。私が仕事中の魔王に話し掛けるのは稀なので、もの珍しそうに見上げてくる。


「如何したのだ?」

「これなんですが。重要な物ではないかと思いまして」


 私は手にしていた封書をおずおずと差し出した。勘違いなら良い、私が笑われるだけだから。だけどこの印、ウチの国の国旗とよく似てるんだよね。

 封書を閉じる封蝋には、紋章化された獅子が座っていた。


「ゲッ、これ国書ではないか」


 封蝋をひと目見て呻き、魔王が顔を顰める。汚いものでも触るかのように、親指と人差し指で封書をつまみ上げる魔王。

 これまで人間国から、ろくなお手紙が来なかったんだろうね。人間国の国民として、申し訳無い気持ちになってしまう。


 横にいたロイが封書を受け取ると、鋭い爪で開封した。本来なら執務室に届く前に開封され、安全を確認されるものなのだが、表書きが流麗過ぎて読めなかったのだろう。封筒が最上級の高級紙だから執務室行きじゃね?と安直に振り分けられ、でも間違ってたら拙いから開封したくないなーと責任を先送りされて、ここまで届いてしまったのだろう。魔王城の文官不足は深刻だ。


 幸い封書は爆発することも禁呪が発動することも無く、無事開封された。中身は便箋1枚。魔王が受け取ってザッと目を通し、頭を抱えた。


「如何されました?」

「ロイ、急いで幹部を集めてくれ。ああ、ノエル嬢も残ってほしい」


 緊急事態と判断して退出しようとした私は、魔王に呼び止められる。読め、と渡された便箋を一読し、私はうっかり口にしてしまった。


「ご結婚おめでとうございます、魔王様」

「しないから。する気もないから」

「ですが、これ断れます?誰もが私のように聞き分けが良いとは限りませんよ」


 便箋には、ウチの子が魔王の嫁になりに行くからヨロシクねーという内容が、堅苦しい文言で記されていた。魔王が再度頭を抱える。


「どうしよう……」

「あのー、そもそも以前から人間国との縁談があったんですか?」

「そんな話は一度もない。なのに、なんでいきなり嫁いでくるんだ?人間同士だと、いきなり嫁が押し掛けてくることがあるのか?」

「平民なら押し掛け女房なんてものも、あるにはありますが。王侯貴族では有り得ないと思います。貴族階級だと、結婚は家と家の結び付きのためのものですから」


 私は平民なので聞きかじっただけの知識だが、間違ってはいないと思う。領主様のお嬢様も、いずれは家のために政略結婚する身だと嘆いていた。

 両家の力関係によっては一方的な婚姻もあるかもしれないが、魔王国と人間国は建前のうえでは対等な立場だ。だからこそ、関係が微妙になるような一方的な行いは、慎まれると思うのだが。なんでこんな──あ。


 私は、ごく最近、自分が同じような事をした事実を思い出した。


「魔王様、ちょっとお聞きしたいのですが」

「何だ?」

「魔王様の花嫁募集が間違いだったって、ちゃんと撤回しました?」

「もちろんだ。幹部達から部下に周知させた」

「人間国にも周知しましたか?」

「あ」

 

 それが原因だよ!

 人間国では魔王の花嫁募集が放置され、国王陛下にまで届いてしまったのだろう。魔王が望んでいるのであれば、一方的な行いにはならない。魔王好みの花嫁を仕立てて送ってくるのも、政治的な駆け引きとしては有りだろう。


「うあああ、どうすれば良いのだ……」


 涙目で取り縋られても、私には如何しようもない。魔王の頭をよしよしと撫でながら、偉い人達が早く来てくれないかと戸口に目をやる。

 タイミング良く、ロイが駆け戻ってきた。後のことは賢いワンコと仲間達に任せて、私は魔王が少しでも落ち着けるように、お茶とお菓子でも用意しよう。

 

 私は魔王を託そうと、小さな身体をロイのほうに押し出した。ロイが転がるように駆けてきて、魔王にぶつかるようにして止まる。跳ね飛ばされかけた魔王を慌てて後ろから抱き留めると、ロイまでが涙目になりながら、私に取り縋ってきた。重いよ、重量オーバーだよ、支え切れないから!


「ノエル、魔王様と距離が近過ぎる、離れてくれ!」

「そのためには、まずはロイが退いてくれないと」


 魔王は私とロイに挟まれて、潰れかけている。


「ロ、ロイ……幹部は招集出来たのか?」

「連絡はしました。急ぎ会議室に集まるように伝えています」

「そうか、ではオレサマ達も──」

「大変です、魔王様!」


 今度は何?

 執務室に駆け込んできたのは、伝令担当の魔族だ。彼は息を切らせながらも、与えられた仕事をこなす。


「城門より伝令です!たった今城門に、魔王様の伴侶だと仰る方がいらしているそうです!」

「えっ?魔王様、いつの間に結婚されたのですか?」


 無邪気なワンコが尋ねると同時に、魔王が崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ