16 もう少し黙ってましょうか
「──は終わったか?」
「もう少し──天井近くに──手が──」
「おい、肩車は止め──レサマ飛べるから」
「しーっ、静かに。2人が起きてしまいます」
覚醒しかけの耳が、聞き慣れた声を拾う。魔王様と暗黒竜か?それにDr.マッド。暗黒竜は久しぶりだな。他にも声は聞こえないが、マンドラゴラ爺とケンタウレの匂いも近い。
俺は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。見回すと、魔王国の最高幹部達が一斉に俺を見る。注目される理由は分からないが、皆が慌てて背中に何かを隠した。俺はまだ寝足りなくて、大きな欠伸が1つ出る。
「ロイ、まだ寝てて良いんだぞ?」
「いや、幹部が勢揃いで何してるんですか」
「別に何も?デートが上手くいってるか気になって、覗きに来ただけだ、なあ?」
「そうだぞロイ。何も不都合など無い、気にせずデートに励め」
そうは言っても、魔王様も暗黒竜も目が泳いでいる。この2人は致命的に嘘が下手だ。そして隠し事も下手だ。今も、暗黒竜の背後から転がって来た木の実に魔王様が飛び付いて、エヘヘとわざとらしく笑っている。暗黒竜は明後日の方向を向いて口笛を吹いている。
俺は説明を求めてDr.マッドに目を向けた。振り返る途中でノエルが目に入り、さり気なく抱き寄せる。ノエルはまだ眠っていた。こんな可愛い寝顔を、これ以上人前に晒したら駄目だ。可能ならばここに居る男性全員の記憶を消してしまいたい。俺は魔法も魔術も不得手だが、物理でいけるだろうか。
「ロイ、キミ怖い事考えてない?ちゃんと説明するから抑えて」
「大丈夫だ、ノエルの匂いには鎮静効果がある」
「それ番いちゃんに言ったら駄目だからね」
何故だ。ノエルはとても良い匂いがするのに。クンクン。
「気にしたら負けか……犬だもんな。ええと、実はボク達はラブラブの木の実を回収しに来たんだ。魔族以外には毒だと判明してね」
「そうだったのか!?」
「魔王様、ちょっと黙ってて下さい」
Dr.マッドに笑顔で凄まれて、魔王様が両手で口を覆う。コクコクと頷く魔王様に冷凍ビームで釘を刺し、Dr.マッドが続ける。
「邪魔しちゃ悪いと思って、キミ達が眠ってるうちに回収しようとしてたんだけどね。せめて番いちゃんが起きる前に終わらせるから、それまで大人しくしてて」
「本当にそれだけか?ノエルの寝顔を見に来たんじゃ」
「違うから。少なくともボクは違うから」
「人の伴侶に不埒な真似をするヤツは、魔族にはいねーだろ。人間じゃあるまいし。ほら、コイツで回収完了だ」
暗黒竜が山盛りになった果物籠をDr.マッドに押し付けた。濃いピンク色の実に、未練がましく目が引き付けられる。一緒に食べようと、ノエルと約束したのに。1つくらいなら……。
「ダメだからね。キミもまだ完全な魔犬じゃないだろう?」
「だが、勇者が食べたことがあると聞いたし」
「その勇者はおかしくなって婚約破棄されたよ」
「婚約ハキ?」
「結婚の約束をしてたけど、無しにされたんだ。婚約者に嫌われたんだよ。ロイも番いちゃんに嫌われたいの?」
ノエルをギュッと抱き締めて、必死に首を横に振る。ノエルに嫌われたら生きていけない!
「だったら絶対に、食べちゃダメだよ。キミも番いちゃんもね。ラブラブの木の実は特定危険植物に登録されるから」
「そうだったのか!?」
「魔王様?もう少し黙ってましょうか」
ブリザードが吹き荒れるなか、魔王国幹部御一行は去って行った。
腕の中のノエルがブルリと震え、目を開ける。
「さむ……ん?ロイ?」
「おはようノエル。少々問題があって、魔王様達が来ていたのだ」
「え?起こしてくれれば良かったのに。魔王城に戻るの?」
「いや、実は」
ラブラブの木の実の毒性を伝える。ノエルも食べてみたかったようだが、毒があるなら仕方がないと納得してくれた。
「そっか。その婚約破棄された勇者って、勇者サン=マータかな」
「有名なのか?」
「うん、悪い意味で。姫と婚約してたのに女騎士と恋仲になっちゃって。なのに自分は悪くない、魔王国の毒のせいだって言い張って、追放された残念勇者だよ。元から評判は悪かったけど、毒のせいっていうのは本当のことだったんだね」
婚約者が居るのに他の女性を好きになるなんて、毒でおかしくなっていたとしても有り得ない。勇者の非常識さをよく表す特徴として、ハーレム形成が知られているが、それにしたって酷い。伴侶を大切にする魔族とも、番いを唯一とする獣人や竜人とも相容れない。勇者というのは、まったく迷惑な存在だ。
寒さが残るラブラブの木の中から出て、陽のあたる花畑へと移動した。ラブラブの木の実は1つ残らず回収されていったので、バスケットに残っていた果物をおやつにする。果物は凍っていて、噛るとシャリシャリと音がした。ノエルが気に入っていたので、Dr.マッドに頼んでまた作ってもらおう。
予定通りとはいかなかったが、デートは概ね好評だった。
「今度は私が準備するからね」
次の約束に俺の尻尾がパタパタ揺れて、ノエルが笑顔になった。