14 大切な人と来る場所なのだ
ロイが連れてきてくれた植物エリアは、想像以上に素敵な場所だった。色とりどりの花が咲き乱れ、鮮やかな色合いの果実が実り、それを極彩色の鳥が啄んでいる。いやもうカラフル。なのに人工物のように目を刺すこともなく、ひたすら美しい。
しかも小動物がたくさん生息しているようで、木のうろからウサギリスが覗いていたり、茂みに迷彩キツネが隠れていたりする。人に慣れていないのか、私達に気づくと逃げてしまうのだが、その後ろ姿も可愛い。
そしてなんと言ってもロイが可愛い。先をゆくロイは足取りも軽く、ご機嫌なのが尻尾の揺れでよく分かる。さっきからレインボーカラーの蝶々が気になるようで、ソワソワしている。ひらひらと舞う蝶々に身体が釣られかけては、踏み止まって深呼吸している。リードが邪魔で追い掛けられないんだろうね。
私はそーっとリードを離し、地面に置いた。そのままロイを観察していると、とうとう我慢出来なくなったロイが蝶々にじゃれついた。大きな身体で跳ねまわり、小さな蝶々を捕まえようと手を振り回す。でも潰さないように触れる直前でブレーキを掛けるので、隙間を縫った蝶々にヒラリヒラリと逃げられている。
ロイを揶揄うように舞う蝶々と、一向に捕まえられなくても楽しそうなロイ。無邪気だなぁと微笑ましく眺めていると、ふとロイと目が合った。飛び跳ねようとした体勢のまま、固まるロイ。
ちょっ、メチャクチャ可愛いんですけど!恥ずかしそうに俯いて、ゆっくりと身体を縮めて地面に丸まったワンコが超可愛いんですけど!
私がニマニマと愛でていると、ロイはチラッチラッと私を窺いながら、右手を差し出してきた。引っ張り起こそうと手を握ったが、動こうとしない。繋いだ手を凝視したまま茫然としている。
「ロイ、さすがに私の力だけじゃ、ロイを引き上げるのは無理だよ。自分で立ってくれないと」
「……えっ?あ、ああそうか、そうだな」
立ち上がると、ロイが今度は両手を差し出してきた。両手の平にはリードが乗せられている。またこれを持たなきゃ駄目ですか。さっきも右手に乗ってたけど、もう一度気づかない振りをしたら駄目ですか。せっかく手放したのに。
「ノエル、頼むから離さないでくれ」
ワンコにウルウルした瞳で懇願されたら否やとは言えない。私はそこまで非情にはなれない。
戻ってきたリードを手に、私達は散策を再開した。
やがて幾らも行かないうちに、不思議な形状の樹木が見えてきた。
太い幹が放射状に枝分かれし、ある程度地面と水平に伸びたら直角に空へと折れ、緩やかな弧を描いてドームを形作る。枝と枝の間に蔦が網目状に絡まって、ドームの内側を目隠ししている。葉っぱが無いので、編み籠を伏せたように見える。
「あれが目的地だ。あの中で弁当を食べたいんだ」
遠目には分からなかったが、近くで見ると、絡んだ蔦は隙間を埋め尽くしてはおらず、1ヶ所だけ人が通れる部分があった。そこからドームの中に入る。
内側は木漏れ日で意外と明るく、足元には無いのかと思っていた葉っぱが積み重なってふかふかしていた。ハート型の葉っぱもピンク色の花と実も、ドームの内側に付いている。光合成の必要がない魔法植物なのだろうか。
「へー、秘密基地みたいね」
「ああ。中はこんな風になっていたんだな」
「あれっ、入った事無いの?」
「外から見た事しか無かった。ここは、その……」
敷物を出して広げながら、ロイは言い淀んだ。私も手伝って2人で敷物を敷き、並んで座ると、ロイがポツリと呟く。
「……大切な人と来る場所なのだ」
「えっ、恋人と来なくて良かったの?」
「恋人なんていない」
「好きな人は?」
「……いる」
おお、そうなんだ。誰だろう、私が知ってる人か聞いても良いかな。まだ魔王城には殆ど知り合いがいないから、私の知り合いだとするとかなり範囲が狭まるけど。
私がロイの好きな人について聞こうか迷っていると、先にロイから質問される。
「ノエルは好きな人がいるか?」
「いないよ。いたら花嫁募集に応募しないよ」
「……魔王様の花嫁になりたいか?」
「うーん、良い子、いや良い人だとは思うけど」
私の好みは渋い大人の男性だ。お子様魔王に恋愛感情は持てない。
踏み込んだ質問をされたから、こっちからもロイが誰を好きなのか聞いても良いよね。そう思って尋ねかけた時、グーッとお腹が鳴る音がした。発生源は私。恥ずかしい!
いや仕方ないよね、朝ごはん早かったし、あんまり食べられなかったし、ここまでけっこう歩いたし。
「少し早いが昼飯にしよう」
気を遣われてしまった。ロイは本当に、お気遣いワンコだね。きっと良いお嫁さんになるよ。