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1 魔王は世界の半分を敵に回したいのか

「……黒髪金目、聖属性魔法に適性がある者、子どもの世話が得意、動物好き、痩せ型でむ」


 書類を読み上げていた声を不自然に途切れさせ、彼は眉を顰めた、のだと思う。表情が読みづらいなと思いながらも、私は目の前のワンコに好感を持った。ワンコなんて言うと失礼かもしれないが、彼の外見は大型犬が服を着て二足歩行しているようにしか見えない。


「魔王様のお好みでしょうか。どうです、全て当て嵌まっていますよね」


 私は無い胸を張ってみせた。ワンコがツツツと目を逸らす。紳士なワンコだ。花嫁の条件に胸が無いこと、なんて言ってくる魔王とは大違いだ。この条件を聞いた私は、魔王は世界の半分を敵に回したいのかと思ったが、部下は常識人?のようで安心した。また魔王国と戦争なんてことになったら目も当てられない。しかも、こんなくだらない理由でなんて冗談じゃない。


 魔王国と人間国との間に平和条約が結ばれて五十年。小さないざこざは数え切れないが、それでも魔族と人間は隣人として、なんとか折り合いをつけながら共存してきた。

 魔族といがみ合い、憎み合っていたのは昔の話。特に私のように、人間国の辺境の、魔王国と隣接する地域で暮らしている者にとっては、魔族はちょっと変わったお隣さんという感覚だ。エルフ族やドワーフ族と大差ない。


 だから、魔王が花嫁を探しているとの噂話を聞いた時も、ふーんそうなんだー、くらいの感想しか抱かなかった。王都の王太子様が婚約者探しをしていると聞いた時と同じように、自分とは関係ないけれど、ちょっとした世間話には丁度いい話題だな、程度の認識だった。


 それなのに、花嫁の条件に当て嵌まったというだけで、領主様に呼び出され、あれよあれよという間に花嫁候補に仕立て上げられて、問答無用で魔王城の城門前に転送された。仕方なく門番のゴーレムさんに用件を告げると、待合室のような部屋に案内された。茶菓子の歓待を受けている間に呼ばれたのか、直ぐにこのワンコがやって来て今に至る。


「ということで、魔王様に御目通りを願います」


 私がソファから立ち上がり、姿勢を正し頭を下げると、ワンコが困ったように眉を寄せた。眉だよね、そのつぶらな目の上の毛色が違う部分。


「そう言われてもな。俺は何も聞いていない」

「では、もっと上の方に確認して頂けないでしょうか」

「俺は魔王様の右腕だ。俺より上となると、魔王様本人しかいない」


 ワンコは偉いワンコだったようだ。モノクルなんて掛けてインテリぶったワンコだなと思ったのを、心の中で謝っておく。

 しかし困ったな。魔王の嫁探しはガセだったのか?領主様から、側室でも愛妾でも良いから滑り込めって命令されてるんだけど。


 私が思案していると、目を見張ったワンコに肩を掴まれ詰め寄られる。鋭い爪が食い込んでいるのか、両肩が痛い。


「側室とか愛妾とか、どういう事だ!」


 ワンコ、耳が良いな。口の中で呟いた声がバッチリ聞こえていたらしい。


「そこまで魔王様をお慕いしているのか!?」

「え、えーと、素晴らしい方だと聞き及んでおりますが」

「だからといって、側室だの、ま、ましてや愛妾だのと……」

「王族でしたら普通なのではありませんか?」

「魔族は一夫一妻制だ!何人も妻を娶るなど、そんな破廉恥な……最愛の番いが一人居てくれれば十分じゃないか!」


 毛に覆われているから目立たないが、どうやらワンコは赤面しているようだ。生真面目なワンコは何やらプルプル震えながら、可愛らしいことを言っている。魔族には政略結婚とか略奪婚とか、そういったドロドロしたのは無いのだろうか。


「あの、私は別に側室や愛妾を目指している訳ではありません。ただ、魔族と人間の友好のために、少しでも魔王様と親しくさせて頂ければと」


 そして少しでもウチの領の利益になるように、珍しい交易品の一つでも引っ張って来いとの、領主様のお達しなのだ。それまでは帰ってくるなと言われているのだ。


「お願いします、ひと目だけでも良いので魔王様に会わせてください!」


 私が必死に頼み込むと、ワンコはどんどん憔悴していった。無理を言っているのは承知だ、でも私もこのままじゃ帰れないんだよ。

 ワンコの尖った耳がぺたりと伏せられ、目に涙が浮かび、ふさふさの尻尾がだらりと垂れ下がっても、私は謁見を願い続けた。そのかいあって、とうとうワンコが折れた。


「とりあえず、魔王様に確認してくる。すぐに戻って来るから、この部屋で待っていろ。いいな、絶対だ、何処にも行くなよ。必ずここで待っていてくれ」


 私をソファに押し戻し、しつこく念押ししてからワンコは部屋を出ていった。何か見られたら不味い物でもあるのだろうか。何があるんだろう、ちょっとその辺を探検してみたい。魔王城探検って響きだけで面白そうだ。


「ノエル、くれぐれもこの部屋から出るなよ」


 ドアが開き、上司にお伺いを立てに出ていったはずのワンコが鼻先を覗かせる。腰を浮かせかけていた私は慌ててソファにふんぞり返り、にっこりと微笑んだ。ワンコの鼻がヒクヒクと動く。不審者を嗅ぎ分けるセンサーでも付いてるんだろうか。

 暫く私をモノクル越しに凝視し、無言の圧力をかけてから、ワンコは再び部屋を出ていった。大人しくソファで茶を啜って見送りながら、私はふと首を傾げる。

 私、名乗ってなかったような……。なんであのワンコ、私の名前を知ってるんだろう?


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