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第3話

 

 食材庫の中で1人丸まって泣いていたジュリアは、昔のことを思い出していた。



 ジョシュアはこれまで、むしろ妹馬鹿だと揶揄われるほどにジュリアを溺愛していた。

 危ないことをすればきつく叱られたが、それでも最終的には笑顔で抱きしめてくれた。

 ジュリアは6歳離れたこの兄が自慢で、いつも兄の後ろにくっついて歩いていた。

 そんなジュリアをジョシュアは邪険にすることなく、優しく接してくれた。

 自分とよく似た赤茶の髪と黒い瞳をしているはずなのに、ジュリアとは全く違う、落ちついた雰囲気を持っている青年だった。

 誠実で真面目。

 ジョシュアはよくそう称される。

 ジュリアにとって、ジョシュアはとても大人で、第二の父の様な存在だった。



(あれはまだ平民だった頃だから……私が6歳くらいの時かしら。私とお兄様の2人で港で隠れんぼをしていて、私が勝手に船に乗り込んでしまったのよね。そのまま眠ってしまって、気付いたら船が動いていてびっくりしたわ)


 1人で船に乗り込み、甲板で貨物の影に隠れていたが、そのまま眠ってしまい船が出港してしまったのだ。

 ジョシュアたちは居なくなったジュリアを大慌てで捜索し、約3時間後にジェルバの港から、船に乗り込んだジュリアを発見したとの報告が入ったのだった。

 また同じ船で帰ってきたジュリアを、ジョシュアはボロボロと涙を流しながら抱きしめた。


『ジュリアが居なくなってしまったら、俺はもう生きていけないよ。

 お願いだから、もうこんなことはしないでくれ。勝手に船に乗ってはダメだ。もしも船の行く先が遠い異国だったらどうするつもりだったんだ』

『ごめんなさい……ごめんなさいお兄ちゃん……』


 憔悴したようなジョシュアの姿に、ジュリアは決して大袈裟だと笑うことは出来なかった。

 幼い2人が抱き合うのを、両親が更に抱きしめてくれた。

 ジュリアが、自分は家族から愛されているのだと認識する大きな出来事だった。


(あの頃は、確かにお兄様と仲が良かったのよ。

 ううん、つい最近までは、いつもと変わらないお兄様だったはずよ。

 お兄様が言うようなことは、何一つしていないわ。

 なのに、あんなにもお兄様が変わってしまうなんて……。

 やはり……メイプル男爵令嬢が何かしたの? でも何も証拠はなかった。

 ああ! こんなことならフルールの掟なんて気にせず、お父様とお母様に相談すれば良かった!)


 ジュリアは無意識に、ぎゅっと胸元のネックレスを握りしめた。

 そして手のひらを開き、ネックレスを見つめた。


 まだマルセルと良い仲を築いていた頃、成人のお祝いにマルセルからもらったネックレス。

 いつも花や栞、美しいガラスペンなど、どちらかというと日常使うものをプレゼントするマルセルが、身に付ける物をくれるのは珍しかった。

 普段、無口で無表情なことが多いマルセルが、頬を赤く染めながら「気に入らなかったら、捨てていいから」と言って、このネックレスの入った箱を手渡してきたのが印象的だった。

 ネックレスのデザインはとてもジュリア好みのもので、5つのアメジストで花の形を象った物だった。

 ジュリアはその場でネックレスを付けて見せると、マルセルは顔を真っ赤にしていた。

 珍しい物をプレゼントしたことが、恥ずかしかったのかもしれない。

 兄や父にも似合うと褒められたし、母は「あらあら」と何やらニヤニヤしていた。




 ジュリアは後悔していた。

 さりとてジュリアは何もしていない訳ではなかった。

 エミリアや側近たちの婚約者と共に、シャーロットについて調査を行っていた。

 メイプル男爵家にはアンブル王国との繋がりがあるのではないか、何か怪しげな薬物を入手していないかなど、各々の伝手で探っていた。


 しかし、何も出てこなかった。


 ジュリアはシャーロットが黒であると確信していた。

 これはジュリアの特技であるが、ジュリアは人の悪意を察知することに長けていた。

 幼い頃から父や母に付いて商談の場に赴いていたこと、また母であるマレーナからの教えがあったからだ。

 社会での男性優位は相変わらずであり、女が身を守るために必要なことだと学んだ。

 現に、マレーナは社交界でひらりひらりと悪意を躱すのが上手かった。


 ジュリアはシャーロットに会った時、強烈な違和感を感じた。

 一見可憐で清純なように見えるが、どうにも悪意がチラチラと見え隠れする。

 特に、ジュリアに対する悪意は顕著だったように思う。


 だが、証拠は何も見つからなかった。


 エミリアから、アークたちもこの件を調査していること、王の耳にも入っていることを聞いていた。

 故にジュリアたちは、ギリギリまで家の力に頼らず自分たちの力で解決しようとしていたのだ。

 何故なら、フルール内のことはフルールで解決するという掟があったからだ。


 とはいえ、当然フルールで手に負えないことはその限りでない。

 つまり、ジュリアたちは状況を見誤ったのだ。

 王も静観の姿勢であると考えられたのが、判断の誤りを助長させた。


 何も証拠がない状態ではシャーロットを直接追求する材料がないとジュリアたちは二の足を踏んでいた。

 社交シーズンと言えども毎日顔を合わせる訳ではないし、ジュリアたちが出席するパーティー全てにシャーロットがいる訳ではない。

 シャーロットの求心力はあまりにも早く、ジュリアたちは完全に後手に回ってしまった。

 ジュリアは只管、あの時こうしていれば、ああしていればという終わりのない後悔を繰り返していた。






 ソルムの港を発ち、丸3日。

 船はホルツ王国のラシーヌの港に着いた。


「お嬢、出てくれ。若の命令なんだ」


 船が着岸すると、船乗りの1人がジュリアにそう声をかけた。

 30代半ばくらいだろうか。

 頭にバンダナを巻き、無精髭を生やした浅黒い男だった。

 ジュリアも何度かジョシュアの近くで見たことのある顔だ。

 船は波が高かったのか、酷く揺れた。

 そのため食欲も湧かず、僅かに出された食事もさして手がつけられなかったため、ジュリアはふらついてしまった。

 男はジュリアを支え、港に待機させていた馬車まで連れて行った。

 船での対応を考えるともっと粗末な馬車を想像していたが、思ったよりも快適そうだ。


 食物庫には窓が無かった。

 用を足す以外で食物庫から出ることのなかったジュリアは、空を見上げた。

 3日ぶりに見る空は、黒々とした雲が敷き詰められ、今にも雨が降ってきそうだった。


「会頭が帰ってきたら、きっとどうにかなる。若は、おかしくなってるんだ。出来るだけ遠回りする道で行くよう伝えてある。しばらくの辛抱だ」


 船乗りの男がそう声を掛けた。

 ジュリアを連れて行くのは、男の本意ではないようだ。

 どこか傷ましそうな顔をしている。

 ジュリアは、その言葉に勇気付けられた。

 そうだ。

 両親が帰ってくれば、この異常な状況に気付き、どうにかしてくれるだろう。

 このまま逃げてしまうという手も考えられるが、ジュリアには出来なかった。

 あくまでガウスとの婚姻は正式に取り交わされたものなのだ。

 ジュリアもジョシュアに見せられ、書類を確認した。

 この婚姻は契約だ。それも正式な。

 商人にとって契約書は命の次に大事なものだ。

 正式に交わされた契約は、正式に破棄する必要がある。

 ここは時間を稼ぎ、当主であるジャンが、この婚姻を取り消す他ない。

 ジュリアが男に御礼を言うと、男はじゃらりと音がする麻袋をこっそり手渡してしきた。

 どうやら路銀が入っているようだ。

 ジュリアは自室から何の荷物も持たずに船に乗せられたため、正直有難かった。


「後で必ず返すわ。お願い、名前を教えて」

「そんなことはいい。だから、どうか達者で」


 男はそう言うと、さっと船に引き返してしまった。

 ジュリアは男に頭を下げ、馬車へと乗り込んだ。

 男は船の上から、その姿をじっと見ていた。





 ガウス・ウォルナットの邸宅は、ラシーヌの港から馬車で2日ほどかかる王都にある。

 港の側で育ったジュリアには違和感があったが、ガウスのクルメル商会は港の運営に関わっている訳ではないため、特に支障はないのだろう。


 馬車はゆっくりと街道を進み、しばらくするとやはりポツポツと雨が降ってきた。

 そしてやがて強風が吹き荒れ、激しい雨が降り始めた。


「お嬢さん! こりゃあ馬車を進めるのは無理だ! 嵐が収まるまでこの街で待機しやす!」

「分かったわ。急ぐ旅でもないもの。もう夕方だし、今日はこの街に泊まることにするわ。ご苦労様」


 ジュリアは船乗りの男から預かった路銀を使い、街で庶民に人気だと御者に教えてもらった安宿に泊まることにした。

 麻袋を開くと、かなりの額が入っており、必ず男に返すことを誓う。

 これだけの額があればもっと良い宿にも泊まれるだろうが、今後の見通しもない中で手持ちは少しでも多い方がいい。


 マホガニー家では何人も使用人を雇っているが、ジュリアには専属の侍女は付いていなかった。

 元々平民だった為にある程度のことは幼くとも自分で出来ていたし、着飾る時はそれぞれ得意なメイドたちに任せれば良い。

 ジュリア自身が必要性を感じていなかった。


(それが、こんな所で役に立つなんて。エミリア様がこの状況になっていたら大変だったわ)


 室内着であったため簡素ではあったが、庶民が着るには質が良すぎるドレスを御者に借りたボロボロのローブで隠し、ジュリアは宿の部屋に入った。

 念のため護衛代わりに御者には隣の部屋に泊まってもらう。

 窓から見た景色は、嵐が吹き荒れていた。


(ティンバーはあまり嵐がなかったけれど、ホルツは違うと聞くわ。海の上はどこまで荒れているのかしら。お父様とお母様は……無事に家に辿り着けたかしら)


 予定では、両親は今日の昼頃帰宅するはずだった。

 通常ならもう家に着いているはずだ。


(きっと、きっと大丈夫よ。全て元通りになるわ。

 お兄様も、もし薬を使われているのなら早くしないと取り返しのつかないことになるかもしれない。

 お父様、お母様。どうか早く手紙を読んで)


 ジュリアは自室に軟禁されている時、これまでの経過と調べたことを報告する手紙を書いていた。

 それを信頼できる執事に預け、両親が帰ってきたら渡すよう伝えてあった。

 きっと今頃、両親は手紙を読んでいることだろう。

 ジャンのことだから、既にもう動き始めているかもしれない。

 ジュリアは希望を持った。

 途端、激しい空腹を覚えた。

 この宿の一階は食堂になっている。

 ジュリアはそこで軽く何か食べることにした。


(現金なものね。まだ何も解決はしていないのに)


 ジュリアは階段を降り、食堂に入ると隅の方の席に小さくなって座った。

 貴族令嬢だとバレるのではないかとハラハラしたが、まだ港に近い街で国籍問わず様々な人の出入りが多いためか、誰もジュリアに注意を払わなかった。

 ジュリアは名物だという魚介のスープパスタを頼んだ。

 センダン商会でもよく扱っているハーブが効いていて、とても美味しかった。


「なあ。聞いたかセンダン商会のこと。とんでもないことになっているらしいぞ」


 ジュリアのことにはこれっぽっちも気付かずに、近くで商人らしき男たちが話している声が聞こえた。

 思わずジュリアは耳をそば立てる。


「あのマホガニー家の若が、1人の女に入れ上げてるんだってよ」

「そんな訳ないだろう。あの真面目が取り柄の若だろう? 父親ぐらいの遊び心も必要だって皆んな言ってたじゃないか」

「いや、でもな。ソルムの港で見た奴が居るんだよ。若の想い人をいじめただなんだって女をさ、無理矢理この国行きの船に乗せてたんだと」

「本当か? あの温厚な若をそんなに怒らせるなんて、その女はよっぽどのことをしたのかねぇ」

「女は怖いからなぁ」


 ジュリアはそれ以上聞いていられず、スープパスタを半分以上残して席を立った。

 先程までお腹がペコペコだったのに、もう食欲が湧かない。


(明日、アルガの街に向かおう。今は飛べないだろうけれど、着く頃には鳩が来ているかもしれないわ)


 ジュリアはこれまでのことではなく、これからのことに意識を集中させる。

 今は泣いている場合じゃない。


 ジュリアはラシーヌの港に着いた時から、センダン商会のホルツ王国の事業拠点であるアルガの街に寄ることを決めていた。

 ラシーヌからウォルナット家の邸宅に向かうには遠回りになるが、真逆ということもない。

 アルガにはセンダン商会の事業所の一つがあるが、そこには鳩舎が設けられており、ティンバー王国の事務所との伝達には伝書鳩が使われる。

 ソルムとラシーヌの港にもそれぞれセンダン商会所有の鳩舎があり、各港を経由して連絡を取ることが可能だ。

 もしもジャンが何らかの連絡をしているならば、アルガの事業所に来ているだろうと踏んだのだ。


 明日からの計画を立て、ジュリアは部屋で眠りに付いた。




 しかし翌日、ジュリアの計画は水の泡になった。

 その日の夜まで、嵐が全く収まらなかったのだ。

 雲の動きが遅く、結局ジュリアは宿から一歩も出ることが出来ずに、ただ待つしかなかった。


 そして宿に泊まって2日後の朝。

 前日までの雨が嘘のように、晴れ間が広がっていた。

 しかしいざ行動を起こそうとしたものの、またもやジュリアは足止めをくらう事になる。

 嵐の影響で街道がどこも倒木やゴミが散乱し、馬車が通れるようになるまでにもう一日は掛かるという。

 ここまで遅れると、流石にウォルナット家にも迷惑だろう。

 単騎ならば街道を迂回していくことも可能だ。

 ジュリアはガウスに対し、予定よりも遅れる旨の手紙を出した。


(私も馬に乗れたら良かったのに……)


 手紙を託した逓送屋の馬を見送りながら、ジュリアは思った。


 ウォルナット家の邸宅へと向かうことも、アルガの街に向かうことも出来ず、ジュリアは気持ちを持て余していた。

 そして待つこと1日。

 ようやくいくつかの街道が開通し、ジュリアは動ける様になった。

 早速ジュリアは馬車を走らせ、アルガの街に向かった。

 そしてアルガの事業所に着く頃には、日が傾きかけていた。

 事務所は広大な敷地を持つ。

 貨物をコンテナから荷下ろししてホルツ国内の各所へと運ぶための荷さばき用の上屋や、荷馬車の待機場などを備えている。

 しかし実際に職員たちが常駐する事務所棟は平家で小さいものだ。

 ジュリアは馬車に御者を残し、1人事務所棟の扉を開けた。



 中を除覗くと、何やら職員たちが慌ただしそうにしているのが見えた。

 いつも賑やかな場所ではあるが、どうやらそれだけでは無いようだ。


「よろしいかしら。所長に、ジュリア・マホガニーが来ていると伝えていただける?」


 事務所の入口付近にいた職員の1人にそう声をかけると、職員はハッとしたように慌てて奥へと消えた。

 ジュリアは訝りながらも、立って待った。

 別に丁重にもてなして欲しい訳ではないが、マホガニー家の娘である自分にすぐ椅子を勧められないことに違和感を持つ。


 やがて、奥の所長室からアルガの事務所長が出てきた。

 髪に白いものが混じった40代半ばの男だ。

 所長は何故か、険しい表情でジュリアを見ていた。


「お嬢様。この度はどうなさいましたか」


 所長はそれでも形式的にジュリアを応接スペースに案内し、座るよう促す。

 ジュリアは所長の雰囲気に困惑しながらも、答えた。


「実はティンバーのお父様から急ぎの連絡が来ていないかと思って訪ねたの。でもその様子だと来ていないようね」

「いいえ、来ておりますよ。会頭ではなく若様からですがね。会頭は連絡出来ようもないですから」

「それは……どういうこと?」


 そして所長は、驚愕の内容を語った。


 曰く、ジュリアの両親は予定より一足早く帰宅していたようで、ジュリアがジョシュアに船に乗せられた翌日の夜には、邸宅に着いていた。

 そしてこの状況を聞いた母は、ショックで倒れたという。

 父であるジャンは、すぐさまジュリアを追いかけて船に乗り込んだ。


 そして、嵐に巻き込まれ、船が沈んだのだという。




 ジュリアは愕然とした。

 信じられるはずがなかった。

 何か悪い冗談を言われたのだと思った。


「お父様が……本当に……?」

「私たちも俄には信じられませんでしたがね。今朝、ラシーヌに会頭の船の残骸が打ち上がったとの連絡を受けました。これは現実です」


 ジュリアは頭が真っ白だった。

 あの父が、いかにも海の男というような、あの父が、まさか、亡くなるとは思わなかった。

「殺しても死なない」などと仲間内で言われていた、あの父が。



「お嬢様! 分かっておられるのですか。あなたのせいですよ! あなたが愚かなことをしてこの国に逃げて来なければ! あなたがきちんと会頭に話していれば!」

「ちょ、ちょっと待って、どういうこと?」

「若様からの手紙に書いてありました。あなたが王太子殿下にも一目置かれる1人の女性を嫉妬から虐め抜き、婚約破棄されて国内に居づらくなって勝手にこのホルツに逃げてきたのだと。会頭はそんなあなたを追いかけて海を渡ったというではないですか! どれだけ周りの者を振り回したら気が済むのです! あなたのせいで、会頭は死んだんだ!

 マホガニー家の誇りはあなたにはないのですか!」


 ジュリアは今聞いたことが信じられなかった。

 何一つ、真実は含まれていなかった。


(いえ、違うわ……。お父様が私のせいで亡くなったのは確かよ。わたしがもっと上手く立ち回っていれば、こんなことにはならなかったのだわ……)



 ジュリアは言葉を失った。

 父の死は、紛うこと事なく自分のせいだと感じていた。

 所長の話す内容は真実ではないにしても、父は自分のせいで命を落としたのだと。


 もう、あの日々には決して戻らない。



「若様が最後の情けと縁談を用意してくださっているそうですね。若様から伝言です。二度と帰ってくることは許さないと。婚家に誠心誠意仕えよとのことです」


 所長から伝えられた言葉に、ジュリアは絶望する。

 ジャンが亡くなれば、マホガニー家当主はジョシュアである。

 当主の意向には、貴族の娘は逆らえない。


(もう、私には道が一つしかないのね……。

 ああ。お父様、ごめんなさい……本当にごめんなさい……。

 お母様。お母様は大丈夫なのかしら。

 帰りたい……マホガニーの家に)



 ジュリアははらはらと涙を流した。

 人は本当に悲しく絶望した時は、声を上げられないのかもしれない。


 茫然自失のまま、馬車へと戻った。

 そして御者に、もう遠回りをせず、真っ直ぐウォルナット家の邸宅に向かうよう伝える。


 ジュリアにはもう、何も残されていなかった。


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