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第1話


 ジュリアは、ティンバー王国のマホガニー男爵家に生まれた。

 

 ティンバー王国は、大陸から少し南西に位置する島国だ。

 一年を通して比較的温暖な気候で、夏は雨がほとんど降らない。

 この夏の乾燥を利用し、国全体で柑橘類やオリーブ、ハーブ等の生産が盛んである。

 オリーブオイルやハーブは、ティンバー王国を含む周辺地域の料理に欠かせない。

 ティンバー王国の農作物は周辺国の重要な食糧供給源であり、故に周辺国から国土を狙われることも多かった。

 しかし、島国という地の利だけでなく、ティンバー王国の軍事力は周辺国を遥かに凌ぐ。

 国防軍は「鉄壁の盾」と恐れられ、これまで一度も他国の侵入を許したことがない。

 それ故、ティンバー王国はその農作物を、自国のために如何様にもすることが出来た。


 ティンバー王国には大小合わせて70ほどの港があるが、そのほとんどは漁港であり、他国との貿易船が停泊するのは、わずか8港ほど。

 中でも取扱貨物量の多い港は、ソルム、ジェルバ、ググの3港だ。

 国内で穫れた多くの農作物は、自国で消費されるものを除きほぼ全てこの3港に集まり、周辺国へと輸出されていく。


 かつては、港に各商会の荷馬車が集結し、各々船に積み込み各国へと向かっていた。

 そのため港は常に荷馬車と人と積荷でごった返し、積荷の誤配や紛失が多く、盗難も多発していた。


 大きさも形も異なる積荷を、全て手作業で分別、積み下ろしをするために、港ではとにかく人手が必要だった。

 ティンバー王国の人口はさほど多い訳ではない。

 輸出を行う商会は、常に人手不足に喘いでいた。




 そんな状況を打破する画期的な方法を確立したのが、ジュリアの祖父に当たる先代のマホガニー家当主であった。

 マホガニー家はそれまで平民で、センダン商会という主にハーブの販売を行う商会を営んでいた。

 彼は非効率的な物流の在り方をどうにかできないかと頭を捻り、そして閃いた。

 彼は積荷を収めるための、規格の決まった木製の箱を開発した。

 その名をティンバー語で「入れる箱」を意味する「コンテナ」という。



 商会が各農家から集めた農作物を、このコンテナに納めた状態で荷馬車に乗せ、港に運び、コンテナごと船に積み込む。

 そしてそのまま海外の拠点へと運び、そこで初めて積荷を出す。

 中身の形状によらず同じ手順で船への積み下ろしができるため、手間が減り人手がかからない。

 また港ではコンテナを開封しないため、盗難や紛失のリスクも激減することになった。

 積荷をバラ積みすると航海中に崩れ、農作物が痛み結果廃棄されることも多々あったが、そうしたことも激減した。

 商家の間でこのコンテナによる輸送方法は瞬く間に話題となり、あらゆる商会が真似する様になった。

 またマホガニー家の先代当主は、コンテナの規格を商会ごとに異なるのではなく、全て同じ規格にするよう働きかけた。

 荷役貨物の規格が一定になったことで、船や荷馬車、また船積みに利用する荷車などの形状や大きさも自ずと揃うようになり、混沌としていた港の整理が進められるようになった。

 元々マホガニー家がメイン港として利用していたソルムの領主と手を組み、ソルムの港は世界初のコンテナ港へと変貌した。

 コンテナに積荷を納めることで、バラ積みしていた時よりもより多くの積荷を船に積載できる様になった。

 当然、積荷が増えれば船は重くなり、その分沈む。

 故にコンテナ船を受け入れることができる港は、沿岸部から十分な水深が必要である。

 その点、ソルムは貿易3港の内最も水深が深く、ソルムの発展にはそうした地形の利も影響していた。


 コンテナの発明から10年と経たない内に、輸出にかかるコストは100分の1にまで減少した。

 そしてティンバー王国から海を渡った東方に位置するホルツ王国を始めとした周辺国でも、コンテナ港の整備が進められ、世界的に大きな影響を与えることとなった。

 やがてマホガニー家は、ソルム領主から港の管理運営を一任されるようになった。



 マホガニー家は、この功績から準男爵の爵位を授与される。

 これは世襲することは出来ても、あくまで平民の名誉勲章の様なものだった。


 しかし、ジュリアの父である現マホガニー家当主、ジャンまでも偉大な発明をすることになる。

 ジャンが当主になってすぐの頃、彼の発案でコンテナの船積み用人力クレーンが開発されたのだ。

 船が係留される岸壁沿いに2本の溝を平行に作り、その溝に沿って車輪を付けたクレーンを人力で押し、走行するものだ。

 クレーンと呼ばれる起重機は既に多くの建築現場でも利用されていたが、ジャンはこれをコンテナ荷役用に改良した。

 これにより、従前とは比較できないほどの労力と人手の削減に繋がり、ティンバー王国の物流は更に発展することとなった。


 この功績により、マホガニー家は準男爵から男爵へと陞爵されることになった。

 この男爵位はそれまでと異なり、領地を持つことはないが世襲が許され、また社交界への参加と貴族院での発言権が与えられるものだった。

 こうして、マホガニー家は貴族の仲間入りを果たしたのだった。




 マホガニー家が男爵位を賜った時、ジュリアは7歳だった。

 ジュリアの兄、ジョシュアは当時13歳。

 ティンバー王国の社交界デビューは10歳から12歳の間と決められている。

 ただし特段の理由があれば、途中からのデビューを妨げられるものではない。

 そのため、ジョシュアは異例の13歳で社交界入りをすることになった。



 ティンバー王国の社交界は、珍しく2部制を取る。

 10歳から25歳の未婚貴族が属するフルール。

 26歳以上、もしくは成人である16歳以上の既婚者が属するオープストだ。

 各々春から初夏にかけて行われ、年に一度、冬に年齢を問わないピアンタと呼ばれる舞踏会が行われる。



 13歳であるジョシュアは、フルールに属することになった。

 フルールに属する者のうち、15歳以下の未成年は成人の同伴者を要する。

 それ故、本人もつい最近社交界入りしたばかりのジャンと共に、ジョシュアは着慣れない正装をし、赤茶の短髪を後ろに撫でつけて、フルールへと足を踏み入れたのだった。



 マホガニー家の功績はティンバー王国の誰しもが知るところであり、マボガニー男爵家は「コンテナ男爵」の呼び名で呼ばれた。


 しかし、つい最近まで平民であった家だ。


 興味本位で声をかけられる以外は、所詮ほぼ平民と冷めた目で遠巻きにされた。

「コンテナ男爵」の呼び名も、時に揶揄の意味合いで使われることさえあった。

 マホガニー家は、自ら欲して爵位を得た訳ではない。

 王家が授けると言ったものを、拒否できなかっただけだ。

 商売の面でも、センダン商会は隣国のホルツ王国を始めとする諸外国との取引を主に行っているために、国内貴族との顔繋ぎはあまり意味を成さない。

 むしろ目障りだと邪魔にされることのないよう、2人して壁側でひたすら料理を口にするばかりだった。



 そんな彼らに、声をかけたのは、なんとティンバー王国の第一王子であるアークであった。


 彼はまだ14歳ながら優秀であり、多少王族らしい傲慢さはあるものの、柔軟性のある王子だった。

 彼は家柄や地位よりも、本人の能力を何よりも重要視していた。

 ティンバー王国に最も利益をもたらしたマホガニー家を歓迎した。

 そしてジョシュアと話す内にジョシュアの真面目で誠実な人柄と、父譲りの聡明さをいたく気に入り、驚くべきことにアークはジョシュアを自らの輪に誘った。



 王子の周りには、常に側近たちが控えている。

 宰相の孫であるカイン・サイプラス。

 国防軍総司令官の息子であるルーカス・カンファー。

 アークの従兄弟に当たる公爵子息デューク・チェリー。


 流石に側近となることはなかったが、1人の友人として、ジョシュアはその錚々たるメンバーと共にフルールのパーティーごとに過ごすことになった。

 その様を見て、他の貴族も表面上はマホガニー家を厭うことがなくなった。




 やがて時が経ち、ジョシュアは成人した。

 ティンバー王国の貴族は10歳未満で婚約者を決めることはなく、フルールの内に婚約者を決め、25歳までに結婚をするのが通例だ。

 結婚すれば、その時からオープストに属することになる。

 26歳になれば未婚でもオープストになるが、そうなると最早結婚は絶望的。

 大変不名誉なことと言われている。


 しかしアークたちと共にフルールの中心にいたジョシュアは大変な人気で、そのような心配は皆無だと思われた。

 王子や他の高位貴族たちは無理でも、ジョシュアならば狙えるだろうという伯爵家以下の貴族の令嬢たちが殺到したのだ。

 しかし、ジョシュアは婚約者を慎重に決めるつもりでいた。

 まずは自身の身を立てるのが先だと思っていたし、貴族令嬢たちは、皆どこか自分のことを下に見ている気がしていた。

 通常なら、貴族の最下層であるマボガニー男爵家に断るべくもない。

 だが、その時には既に成人し立太子したアークやその側近たちの存在が、それを可能にした。

 彼らは身分を越え、友情を育んでいた。

 貴族の内情に疎いジョシュアの為、齎された縁談をふるいにかけ、残された数少ない縁談の中からジョシュアの希望に合う令嬢を探すことまでしていた。



 そしてジュリアも10歳になり、ジョシュアの付き添いでフルール入りを果たした。



 ジュリアは非常に緊張していた。

 フルールのシーズン最初の舞踏会は、必ず王宮で行われる。

 初めて入る煌びやかな建物に、ジュリアはキョロキョロと見回しながらもジョシュアの腕にしかとしがみ付き、一瞬たりとも離れてなるものかと思っていた。


 幼い子女も数多く参加する為、時間はやや早め。

 まだ日が高い内に始められる。

 舞踏会の会場に足を踏み入れてからすぐ、王太子であるアークの入場を告げる声が響いた。

 やはりみな王太子に挨拶に行く為に長蛇の列を作っている。

 爵位が上の者から挨拶する為、マホガニー家は最後尾だ。

 家庭教師に習った挨拶を何度も口の中で反芻させ、ついにジュリアの挨拶の番になった。



「お前がよくジョシュアが話している妹君だな。なるほど、ジョシュアによく似ている」

「ご尊顔を拝しまして光栄至極に存じます。マホガニー男爵家が長女、ジュリア・マホガニーと申します」



 いきなりアークに話しかけられ、少々面くらいながらも一生懸命に練習した挨拶を披露し、これで今日最大の仕事を終えたと息を吐く。

 そんなジュリアにジョシュアは盛大にため息をつき、アークは吹き出した。



「ははは。よくつっかえずに言えたな。ジョシュアからは相当なお転婆だと聞いているぞ?初めての舞踏会だ。存分に楽しめ」

「痛み入ります。王太子殿下」



 アークは笑いを堪えながらも、ああと返事を返す。

 その友好的な雰囲気に、周囲の貴族子女たちも自然とジュリアを受け入れ、問題なくフルールに溶け込むことができたのだった。



 お転婆ではあるが、実は読書家でもあるジュリアは、カインに多くの本を教えてもらった。

 ジュリアはカインによく懐いた。

 カインもよく人から冷たいと言われる瞳を、ジュリアに対しては眼鏡の奥で和らげて見せていた。


 ルーカスは明るく裏表のない性格だ。

 ジュリアのことを自らの妹のように可愛がり、ジュリアも気さくなルーカスとは話しやすく、忌憚なく言いたいことの言える本当の兄のようだった。


 デュークはまだ10歳のジュリアを1人のレディとして扱った。

 女性に対して優しく、物腰の柔らかいデュークの前では、ジュリアはまるで自分も立派な女性になれたような気がして、とても嬉しいと思っていた。



 友人も出来た。

 アークの婚約者であるエミリア・ダグラスファー公爵令嬢である。

 エミリアは面倒見が良く、公平な人物だった。

 アークと相思相愛であるのは、そうした彼女の気質が関係しているのだろう。

 当時15歳のエミリアにとって、10歳のジュリアは子どもだったに違いない。

 友だちというよりも、姉妹のような関係だったかもしれない。

 アークとジョシュアの関係がなければ、決して交わらない運命だっただろう。

 他の側近たちもその婚約者も既に成人しており、未成年の2人は身分に関係なく、存外親交を深めることになった。






 ジュリアが13才になった頃、ジュリアにも婚約の打診が多方面から入ってきた。

 中でもローズウッド子爵は、隣国のホルツ王国と繋がりのある家で、ソルムと並ぶ三大貿易港の内の一つであるググを領地に持つ。

 ソルムほどではないものの、場所によってはググにも十分な水深があり、コンテナ物流が可能ではないかと以前から議論されていた所だ。

 ローズウッド家とマホガニー家が手を取ることで、更なる物流の発展の可能性を秘めていた。


 しかしジャンは、娘に無理やり政略結婚をさせるつもりは毛頭なく、全てはジュリアの意志次第と考えていた。


 ジャンは優秀な商人である。

 説得、交渉は得意中の得意であった。

 王太子と付き合いがあるという強みもあったが、それを全面に出すと角が立つ。

 ジャンの話術と交渉力で、上手いこと婚約の決定権を握ることが出来たのだった。




 まずはとりあえず顔合わせをすることになり、ジュリアはメイドたちにしっかりと「令嬢」に見えるよう、目一杯飾り立てられた。

 この日のために仕立てたジュリアの赤茶の髪に合うオレンジのドレスを着て、緩やかにウェーブした髪をハーフアップにして生成り色のリボンを結んだ。

 ジュリアはいつも以上に女の子らしい姿にさせられ、こそばゆい思いになった。



 そしてマホガニー家に現れた婚約者は、独特な雰囲気のある子息だった。


「マルセル・ローズウッドです。どうかマルセルと」

「ジュリア・マホガニーと申します。私のこともジュリアとお呼び下さい」


 マルセルは、濃茶の髪の右側だけを耳が隠れるほどに長く伸ばし、左側は反対にとても短くしていた。

 瞳は深い赤色をしていて、マホガニー家の黒目を見慣れているジュリアは、ほんの少しだけの恐怖を感じた。

 それは、マルセルがほとんど無表情だったからかもしれない。



 簡単に挨拶をした後、マホガニー家の庭を案内することになったが、マルセルはそれ以上喋らない。

 嫌がっているようには見えないが、どうにも掴みどころのない少年だった。

 歳はジュリアと同じであるはずだが、どことなく厭世的な雰囲気を感じる。

 ジュリアはこの少年と仲良くなれるのか不安だった。


 しかし、この時点ではまだ婚約が決まった訳ではなく、あくまで顔合わせ。

 ジュリアとしては、友人が1人増えたらいいという軽い感覚でいた。

 それ故、お淑やかに庭の花々を愛でるふりをするのを早々に諦め、マルセルをお気に入りの場所へと連れ出した。



 マホガニー家の邸宅は、ソルムの港を臨む丘の上にある。

 ソルムの街の領主は別の伯爵家であるが、今でも関係は良好で、平民だった頃のまま港の近くに居を構えている。

 ジュリアはマルセルの腕を引き、邸宅の外塀をよじ登って、その上に座った。

 マルセルは、経験したことのない行動に困惑していたが、されるがままに恐る恐る塀の上に登った。


「見て! これがソルムの港よ! とーっても綺麗でしょ! これが、お祖父様とお父様と他のみんなで作り上げた景色だよ!」


 マルセルは目の前に広がっている景色に驚いた。

 ググの港には何度か足を運んだことがあるが、ソルムの港は全く違う。

 ソルムは美しく整理整頓され、一見して統率が取れていることが分かる。

 船乗りたちは得てして粗雑なことがあるが、この景色からはそんなことは想像がつかない。


「お父様が言ってたわ。港に限らずどんなものでも、統率が取れた効率の良い仕事であれば、自然とシンプルに美しくなるんだって。ガヤガヤして賑やかな港もそれはそれで素敵だけれど、こういう港が、きっと時代を変えていくわ」



 ジュリアは鼻が高かった。

 祖父を、そして父を尊敬していた。



「君は…きちんと誇りを持っているんだね」


 マルセルは相変わらず無表情で、しかし内心複雑そうに呟いた。

 まるで、自分とは違うと言うような。



「もちろんよ! 誰がなんと言おうと、せめてマホガニーの人間はマホガニーを誇らなくちゃね!」


 そしてジュリアはニカっと、あまり令嬢らしくはない満面の笑みを浮かべた。

 マルセルはどこか呆然とした後、少し目を細めてみせた。

 何か眩しいものを見たかのような顔だった。


 そのすぐ後、2人は使用人に見つかり、父親たちにこっぴどく叱られた。

 塀の上に登るのは、貴族の子女としては当然相応しくない。

 マルセルは自分の足の爪先を見つめて、小さく「申し訳ございません」と言った。

 しかしジュリアは悪びれず「マルセルに港を見せたかったの!とても喜んでくれたわ!」と言った。

 マルセルはじっとジュリアの顔を見つめていた。



 後日、ジュリアは迷ったが、打診を受けることにした。

 最初は不安だったけれど、案外上手くやっていけそうだと思ったからだ。

 それに、無表情で分かりにくかったが、ソルムの港を眺めマルセルの瞳が、キラキラと輝いて見えたから。





 まさかその5年後に、一方的な婚約破棄を突きつけられるとは、

 この時は夢にも思っていなかった。



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