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side マシュー

 

 時は少し遡り、マシューという男について話そう。


 マシューは寡黙な男だ。

 いつも前髪で表情を隠し、何を考えているか分からない。

 その感情の見えなさから、何も考えていないのではないかと噂されることもある。

 だが、それはマシューの表面上の話に過ぎない。

 この男は、内心、非常に感情豊かな男だった。




(ちょっっと待て待て待て! 女と2人で仕事するのか!? えええ『こいつ何、きも』とか絶っっ対思われる! うわぁあ嫌だーーー!!)


 それがジュリアと初めて会った時、マシューが思ったことだった。


「マシューさん、今日からお世話になるジュリアです!よろしくお願いします!」

「……そんな大きな声出さなくても聞こえる。こっち」


(やっちゃた!! やっちゃたよ俺!! 初対面で嫌な感じ出しちゃったよ!!!)


 そんな内心を噯にも出さず、マシューは黙々と作業をした。

 けれど、すぐにジュリアの仕事の速さに気付き、ジュリアのことが気に入った。


(え、なに。仕事やりやす。え、この子めっちゃ良くない?)


「ハーブの目利きが出来るんだな。素人じゃこれの違いも分からない。どこかで経験が?」

「実家がハーブやスパイス扱う商家だったんです。だから見慣れていて……。こっちの葉が密な方がディル、匂いの強い方がフェンネルですよね。私のちょっとした特技です」


 ジュリアの照れたような顔に、マシューはキュンときた。


(え!? なにこれキュンって何!!!? 違う違うそういうんじゃないし!!!)


「……ん。作業が早くて、助かる」


(もうちょっと気の利いたこと言えないかなぁ!!? 俺!!!)



 そんな騒がしい内心は一日中続いた。


(もう昼だけど……ご飯どうするかな? 見たところ弁当は持ってないみたいだし……ここの賄い美味いんだよな。誘ってみる? でも……『え、何こいつ勘違いしてんの、きも』とか思われたらどうしよう……死ねる……)


「もう昼。飯は?」


 マシューが思い切って声をかけると、ジュリアはきょとんとした顔で答えた。


「ええと、何も持ってないです。そっか、自分で調達しなきゃですよね……」


 そしてタイミング良く、ジュリアのお腹が鳴った。

 ジュリアの真っ赤になった顔をマシューはじっと見つめて、思っていた。


(え!!!? 何!? かわ!!! かわい!!! ぐーっだってぐー!! お腹減ってんだ! でも、何も持ってないって何でだ? 意外とうっかり屋さん? しかも自分で調達って、いつもどうしてる訳? でも、それなら誘いやすくなったな……)


 マシューは照れ隠しにポケットに手を突っ込み、背中を丸くする。


「ん。平気。隣のレストランの賄いが食べられる。付いてきて」



 しかしそこで事件が起こった。

 賄いを食べながら、ジュリアが目に涙を浮かべ始めたのだ。


(ええ!!? 何で!!!!!? 俺何かした!!!? やっぱりキモいとか!!!!!?)


 マシューが内心目が回るほどに混乱していた時、ジュリアの口から言葉が漏れた。

 一言、「お父様」と。

 きっとジュリアは自分でもその言葉が出たことは気付いていなかっただろう。

 だが、マシューにはしっかりと聞こえた。

 そこでマシューは悟ったのだ。

 何故か黒い服を着ているこの少女が、何故目に涙を溜めているのか。


 マシューは思わずジュリアの頭に触れていた。

 この少女を、慰めたくなったから。


「俺、前髪で前見えないから。好きにしたら」


(うわーーーー!!!! 触っちゃった!! 触っちゃったよつい!! っていうか、もっと気の利いたこと言えよ俺ぇーーー!!!!)



 マシューの心が雄叫びを上げたその日から、マシューはジュリアのことが気になって仕方がなかった。






(なんかさ、心なしか綺麗になってってる気がするんだよね。あとなんかいい匂いがする。何? 俺の頭浮かれすぎじゃない?)


 マシューは朝、1番にジュリアに挨拶をするのが日課になっていた。

 実はそれまでむしろ出勤は遅い方だったのだが、ジュリアが来てからもっぱら朝が早くなった。

 朝、ジュリアに挨拶をすると、1日気分良くいられる気がした。



「わ! マシューさんの瞳って綺麗なオレンジなんですね! 初めて見ました!」


 マシューは下から覗き込むジュリアに驚いた。

 気付くと前髪が乱れ、隠していた目元が顕になっている。


(うわ見られた!!!! 見られた!!!!! 『怖い』って言われる!!!!)


 マシューは幼い頃、この釣り上がった三白眼で良くいじめられた。

「目付きが怖い」「人を殺しそう」などと言われたのだ。

 それから、マシューは自分の目が嫌いになった。

 だから髪で隠すようになった。

 これまでマシューの瞳を見たことがある者は、子どもの頃を除けば家族しかいない。

 それがまさか、よりによってジュリアに見られるとは思ってもいなかった。


「なんで隠すんですか? 綺麗なのに」

「うるさい。ほっといて」


 マシューは赤くなる顔を隠すように、バックヤードへと向かった。


(何!? 何なの!!? 綺麗って……綺麗って言われた……何これ……嬉し……)



「あージュリア。お前は今日から店番だ。裏は他のやつに行かせる。その黒い服着替えてこい」

「えっ! 本当ですか!」


 そんな時、店長とジュリアの声が聞こえ、マシューは即座に否定したのだ。


「店長、それ無理」

「無理とはどういう意味だ、マシュー」

「こいつ、目利きもできて仕事が早い。だから楽。他のやつにするなら2人寄越して」


(やだよ!!! ジュリアが店に出ちゃったら、接点無くなるじゃないか!!! それにもう俺とジュリアは息もぴったりだし絶っっ対ジュリアは店に行っちゃダメ!!!)


「おいおいそれは無理だ。なんだ? 随分評価が高いな?」

「……別に。本当のこと言ってるだけ」


 マシューが必死に誤魔化していると、ジュリアがお願いをしてきた。


(うっ……それ反則……!!! 上目遣い禁止……!!!)


「……ん。あんたがやりたいなら、いいよ」


(良くなーーーい!!!! 何言ってんだ俺!! しっかりしろ俺!!!! でも……ジュリアがやりたいって言ってんだし……仕方ない、か……)


 しょぼんとした気持ちで、ジュリアとバックヤードに戻る。

 改めてジュリアを眺めると、本当に最初の時より綺麗になったと思う。


(俺の妄想かと思ったけど……本当に綺麗になったんだな……。何でなんだろう? それともこっちの姿が元の姿なのかな。苦労、したのかな……)


「……店長も言ってたけど、あんた、本当変わった」

「そうですか? きっと毎日賄いを食べているからですね!」

「ん。いいと思う」


 マシューはこの時、幸せだった。

 ジュリアと一緒の空間で過ごせるだけで、気持ちが浮き上がるような気分だった。



 まさかその日々が、急に壊されることになろうとは、夢にも思わなかった。



マシュー大好きです。

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