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3-2

「えー? 私は何処にも隠れてなんていませんよー。ただジオンから面白い情報を手に入れたので、試してみただけですー」

 面白い情報というのは、大方、気配を察知されることなく対象に接近する、という暗殺者垂涎の情報だろう。

「試してみて正解でしたー。やはりジオンの言う通り、貴女は”普通”の足音に弱いみたいですねー」

「……どういうことよ」

「私達も暗殺者も、所謂(いわゆる)、命の瀬戸際に立つことが多い者というのは、意図せずして、足音を潜める習性がある、ということですよ。貴女は潜めた足音には敏感ですが、一般人の足音や、小細工の嫌いな、それこそジオンのようにあからさまな足音には注意を向けない傾向がありますねー」

 にこやかに語る、レーベンのその言葉にツバキは思い当たる節が幾つかあったのだろう。その表情が不機嫌そうなものとなる。

 戦い慣れしている者が、意識せず自然とその足音を消してしまうように、ツバキの耳は彼女の意思に関係なく、”通常”と取れる足音を聞き流す癖があった。

 まあ、道行く足音全てに一々気を向けていられないという人間の情報処理能力の限界故の癖ではあるのだが──。

 反論の余地もない指摘されたその事実に、ツバキは実に面白くなさそうな、ぶすっとした表情を顔に貼り付けながら立ち上がり──、

「確かに、それは腹立たしいけど認めるしかないわ。……でも、近付いていたからといって、わざわざ飛び出して来る必要は無かったんじゃないかしら?」

──と、疑問を口にする。

 今だからこそ、彼のお陰で重傷を負わずに済んだ、と言えるだけで。勿論その時は、一瞬で危険の度合いを判断できるような状況でもなく、彼にとっても命の保証など何処にもなかったはずなのだ。

 それは他でもない、飛び出してきた彼が一番良く知っているはずである──。

 なのに──。

「何でよ。何で飛び出してきたのか答えなさいよ……」

両手を腰に当て、ずい、と詰め寄ってくるツバキに、レーベンは座り込んだ体勢で彼女を見上げ──、

「私はこれでも救護部隊の長ですからねー。やはり目の前で兵士が命を落とすのをむざむざ見ていられないと言いますかー、見ていたら駄目と言いますかー」

──と、さも当然のように答え、のほほんと微笑んだ。

「下らない。……そんな理由で、自分が命を落としていれば、世話ないわ」

 ツバキは「本当に下らない自己犠牲」と、きっぱりそう切り捨て──、

「二度とやめてちょうだい。……次、同じことをしたら、そうね、例えあなたが無傷であったとしても、殺さない程度に生殺しにするわよ」

──と、同じことを繰り返しそうな見た目の彼へと釘を刺す。

「……そこは殺す、じゃないんですねー」

流れからすれば「殺す」となりそうなものなのだが、敢えて生殺しという中途半端な制裁を加えようとするツバキへと、レーベンが苦笑する。

「当然でしょう。殺していいのなら、端から飛び出してくるなとは言わないわよ」

「……と言いますと?」

「解りなさいよ馬鹿! 私のように、千の屍の山を築き上げることは、その気になれば誰だってできる……。けれど、同じ時間で『百の人々を救える』あなたには代わりがいないのよ」

刹那、レーベンは面食らった様子で頭上のツバキの顔を見遣る──が、彼女は吹き抜ける、生温(なまぬる)い風が何か臭いを運んで来たのか、風上へと顔を向け、その風の臭いを嗅ぎ取り始めていた。

「ツバキさん」

「──何よ?」

相変わらず、風上へと鼻をひくつかせているツバキの名を呼び、レーベンは彼女の意識を己へと向かせると──、

「いくら常人が理性を殺して、剣を手に取っても──貴女のように千の屍の山は築けない可能性の方が高いかと──」

──と、意地悪く笑んだ。

「……私が言ってるのはそういうことじゃないわよッッ!!」

「分かってます」

盛大にブチ切れ、(まなじり)を吊り上げながら吠えるツバキに、レーベンは──、

「急にマトモなことを言い出すのが悪いんじゃないですかー」

──と、ツバキの怒りの原因を、彼女へとそのまままるっと押し付ける。

「ああもう、やってらんないわ!」

ツバキはそう吐き捨てると、座り込んでいるレーベンへと「立て」ということなのだろう、その白磁の手を伸ばし──。


「手以外には、怪我、ないわね? 死にたくとかなってないわね?」

己の手を掴み、立ち上がったレーベンの腕やら腹やらを、ぱしぱしと手で挟むようにして怪我がないかを確認しながら、ツバキが問う。

「ええ、手だけですから。……って、何で私がそんな自殺志願の確認をされないとならないのですか……」

自殺しようとしてたのはそっちでしょうに、とボヤくレーベン。

「ええそうね。自分の影に殺されていれば自殺よね……じゃないわよ!」

そうじゃなくて、と己の頭をバリバリと半ば掻き毟りながら続けるツバキ。

「何ともないなら良いのよ」

やっぱり影の操る影は不安定かぁ、と一人呟くツバキに、レーベンは「良くありませんよ」と苦情を申し立てる。

「とりあえず、何故その疑問を持ったのか、一応説明を貰いたいんですがー」

「ん? ああ、それはそうでしょうね……。まあちょっと待ってちょうだいな」

レーベンの言葉に、思いの外素直に頷いたツバキはくるりと踵を返すと──、

「ほら、そこ。反省の時間はだいぶ取れたわね。……で、私としてはそのまま風穴ぶち抜き状態のままで放置してあげても良いのだけど、どうする?」

──と、レーベンと会話している間、胎児のように身体を丸め、拳を震わせながら始終地面に転がっていた、腹部に小さな風穴の空いた己の影へとツバキは声をかけた。

 ツバキ本体に眼光鋭く睨まれた彼女の影は、何度か嫌々をするように首を横に振る。が──。

「よし、分かったわ。んじゃ、あなた其処でずっと転がっていなさい。……今から法力の供給は切るから、持って七分ってところだと思うけど、まあ初めての自由を好きに謳歌なさいな──」

本体であるツバキの言葉に、肩をビクリと跳ねさせる影。

そして──。

それから一分ほど経ったろうか。恐らく法力の供給を断たれた影響なのだろう。影はツバキ本体の前でうつ伏せに転がったまま、左手で己の首元を押さえながら、震える右手の指でガリガリと地面の土を掻き始めた。

その動作からだけでも、影が並々ならぬ苦痛を覚えているのは明白で。

そんな影を上から見下ろしながら、ツバキはのんびりと口を開き──、

「はい、じゃあここで最後の機会です。もう何がとは言わないけれど……五秒内に決めてちょうだい。ではでは、五ー、はい(ゼロ)──」

──と、あまりにも酷いカウントダウンの、零が言い切られるその直前に、彼女の影がどろりと地に沈む。

 そして影が沈むと同時に、ツバキの足元にじわじわと、彼女の姿を状取(かたちど)る影が浮かび始めた。

「……一応問いますけどー、四、三、二、一は?」

「まさか戻ってくるとは思わなかったから、時は金なり、ってワケで念仏代として先に天引きしておいたわ」

さらりと言ってのけたツバキへと、レーベンは小さく「外道ですね」と呟く。

そしてそれは、小声であったはずなのだが、ツバキの耳にはしっかり届いていたようで。

「外道上等よ。内だろうが外だろうが、道があるということは、誰かが切り拓いてくれているということ。──『何事にも先達はあらまほしきことなり』。往く道に先達がいてくれるならそれに越したことはないわ。草分けなんて大変なだけだもの」

小さく、ではあるが珍しく声を立てて笑うツバキは「ま、でも」と、レーベンへと向き直り──、

「一応助けてくれたことには礼を言っておくわ。少し立ち回りの確認をしようと、相当久々に切り離した(かたち)で影を喚び出したのだけれど、この馬鹿、根性悪いわ常識が通用しないわ頑固だわで相変わらず扱い辛くって。……やっぱり自由を与えない影供程度の使役に留めるべきね」

 ──その、彼女の述べる感謝の言葉はいつの間にか、己の影への文句へと変わってしまった。

「なるほどなるほどー。ものの見事に貴女そのものですねー」

ツバキの愚痴に、いたく納得したように、彼女の影をまじまじと見つめながら頷くレーベン。

「ええまあそれは私の影だから? ほぼ『私』そのものだし──って、違う! 私はあんなに根性悪くないから!」

 彼のその反応に、ツバキは牙を剥きながら猛然と反論し──ふと何かを思い出したように「あ」と間の抜けた声を上げながら、己の顎下へと曲げた人差し指を宛てがう。

「うっかり忘れかけていたわ。……さっきの話なのだけど──」

──と、ふいにツバキはひたり、と沈めたばかりの己の影に手を当てると、一振の刀をそこから喚び出した。

彼女に喚び出された闇色のそれは──禍々しい雰囲気を纏う、片刃の刀。

その、見る者の背筋を凍らせるような、抜き身の刀をツバキが(おもむろ)に一閃させると、空を切る音なのだろう。周囲に幼子の悲鳴のような音が響き渡った。

「あなたの手の甲の傷。ソレ、()(うつけ)が喚び出した、この刀で付けられた傷なんだけれど」

──と、そう説明しながらツバキは器用にも抜き身の刀を、まるでステッキを手にしているかのように、刀の柄を軸にしながらくるくると回す。

「この刀の()縊鬼夜叉(くびれやしゃ)。生者を手招き(うつつ)黄泉路(ゆめ)(いざな)う妬みの夜叉──つまりは魔物ね。その魔物の骸を練り込んで打った代物なのよ」

「多分それ、魔物の妄執のようなものがまだ残っていると思うのですが……なんでまた、そんな変な暴挙に出たのです……」

見るからにげんなりした表情のレーベンへと、ツバキはさらりと答える。

「んー、何故かと言われても。影法師の(ならわし)だから。私達、影法師は(あざな)が付いてから、一番最初に祓った魔物の骸を使って己の刀を鍛刀するの。コレも、縊鬼の爪や牙、髄や角をふんだんに練り込んだ玉鋼を使って打っているし──、水減しにも縊鬼の血を使っているわ。だからこそ妄執が残るし、それが刀の銘ともなるのよね」

「慣かどうかは知りませんが……理解に苦しむ風習ではありますね……」

レーベンは一度刀へと僅かに顔を寄せるも、──瞬き一つするよりも早くその顔を顰め、不快そうに短く息を吐きながら、すぐに顔を引いた。

「まああなたが理解しようがしまいが、私にとってはどうでも良いこと。どうでも良くないことがあるとすれば、今回たまたま検証した形になったワケだけれど、あなたが自殺衝動に駆られていないということから、影が喚び出した縊鬼夜叉の影まではその妄執が及んでいないって解ったことかしらね」

──と、ツバキは一人納得したように頷くと、刀の(きっさき)を地に向けるようにして、柄から手を離す。

重力に引かれるままに、真っ直ぐ地へと落ちてゆくその刀は──そのまま地へと吸い込まれるように消えていった。

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