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2-2

「ローザ。悪魔については、本当に業腹だけど、無能そうであまり無能じゃない、どこぞの組織が情報を釈迦力になって集めているわ」

 “どこぞの組織”に己も所属しているツバキなのだが、所属の経緯(いきさつ)が経緯故に、彼女は組織、ひいてはそこに所属する兵士達を素直に称賛するのが癪らしい。よって、つまらなさそうに、だがそれでも彼女なりの精一杯の賛辞を贈る。

「悪魔が見つかったのなら天使どもと私が討伐に出る。……適材適所という言葉が解らないあなたじゃないでしょう? ほら、解ったのなら、あなたはあなたの本分に励みなさい」

時の竜騎兵切っての実力者である七天使をして、歩く重火器と言わしめるほどの戦闘能力を持つツバキにそう言われ、ぐうの音も出ないローザは悔しそうに下唇を噛んだ。

ローザは学園でも十八位という好成績を収める『雷』の能力を持つ能力者であり、そんな彼女は能力の他にも、知力、人望、財力と全てが申し分なく揃う、絵に描いたようなエリート学生なのだ。が──。

「世の中って本当に不公平よね……」

恨めしそうに、ツバキの──その身に纏う白服を見つめるローザ。

作り自体はローザや他の学生が身に付けている紺のブレザーと何一つ変わらないのだが、その人目を引く純白には学園の伝統で、首席という意味が込められている。

「人間的に破綻していても白服、こんなぐうたらでも白服……」

総合的な人間としての能力はツバキよりもローザに圧倒的に軍配が上がるだろうが、今彼女達が置かれている学生という立場上、直に成績に響く項目での勝ちの目は残念ながらローザにはないようで。

「何今更なことを言っているのだか……。別になりたくてなったワケじゃないけれど、影法師なんだから白服にくらい、なって当然でしょう」

じとっと見つめてくるローザへと、訳の分からない持論を、さも当然のように言ってのけるツバキは、至極当然と言わんばかりにその薄い胸を張る。

──影法師とは、影を操り、魔を討ち祓う者。

強大な戦闘能力を誇る、成り手の極めて少ない職ではあるが、決して白服になって当然というわけではない。あくまでも彼女の影法師であるという矜恃からくる独断と偏見による持論だ。

「ねえほら、ローザ。調べ物が無意味だと、──それと影法師は強いのだと分かったのなら、そんなもの読んでいないで今日はもう帰りましょう。あなた、明日からえっと何だったっけ……社会の犬入門体験? みたいなのがあるのでしょう?」

「何その物騒極まりない表現……。職場体験学習なのだわ、職場体験学習!」

 社会の犬入門体験でもあながち間違いではないだろうが、物は言いよう、である。

「似たようなものでしょうに。……でも意外ね。あなたなら絶対、体験志願倍率第一位、時の竜騎兵に体験入門? すると思っていたのに」

 ローザが昔からずっと時の竜騎兵に憧れていたのを知っているだけに、ツバキは今回ローザが時の竜騎兵を体験学習先に選ばなかったことが心底不思議なようである。

「ああ、それはね。──アタシ、時の竜騎兵にはもう絶対に、卒業したら何が何でも入ってやるって決めているのだわ。だからそれまでに、他のやってみたかった夢を叶えておこうかなって思って」

 ツバキは彼女の言葉に、何かを察したのだろう。余計な詮索はせず「なるほどね」と、瞼を伏せ、ただ小さく頷く。

 ローザには名門貴族の令嬢という立場上、将来、例えどんなに本人が望もうが、歩むことのできない道がある。それを理解しているからこそ、ツバキは敢えて何も口出しをしなかったのだが──、

「だからね、アタシ、一度やってみたかったウェイトレスで志望を出したのだわ!」

──それは思っていたよりも遥か斜め上を行く志望であった。

 ウェイトレス。それは確かに貴族のお嬢様が将来就ける職ではない。それは間違いないだろう。──だが、その志望に、友の理解が追い付くかと言えば、そうでもなく。

 ツバキはキラキラと目を輝かせるローザを見ながら──、

「なんでまた、給仕?」

 ──と、理解不能といった様子である。

「だって、すごく楽しそうなのだわ! お料理を運んで、ご飯を食べる皆の嬉しそうな顔が見られて! ああもう、考えただけでドキドキしてきた! ツバキ、こうしちゃいられないわ! 明日に備えて早く帰りましょう!」

 ローザはバン、と両の掌で机を叩くようにして立ち上がった。

「ああ、世界が輝く、世界が瞬く! あれ? なんか世界、回って……ない?」

 刹那、立ち上がったローザがふらりと大きく傾いだ。

「ローザ!?」

 ツバキは己の行く手を阻む椅子を迷うことなく蹴飛ばしながら、最短距離でローザの背後へと回り込み、その(くずお)れる身体を全身を使って器用に支えた。

その甲斐あって、かろうじてローザは派手な転倒こそは免れたものの、如何せん力の抜けた少女一人を抱えるほどの腕力がツバキにあるはずもなく。ずるずると己の身体を滑らせる形で、床にローザを横たえたツバキは、顔面蒼白になっているローザよりも更に顔を真っ青にし、パニックを起こしたその頭を抱える。

「あ、あわわ……ローザ、ローザが死んじゃう、どうしよう! とにかくカゲロウ、来なさいカゲロウ──ッッ!」

 放課後の図書館に”館内では静粛に”と書かれたポスターを震わせるほどの叫びが轟く。

「ふえぇ!? 何事!? 何事!?」

 ──と、図書館の奥で器用に前脚を使って本を掘り返していた黒猫が、ただならぬ様子の己が主の声に、脇目も振らずに駆け付けて来た。

「カゲロウ、は、早く担架に化けなさい! このままじゃローザが死んじゃう! 早く、早く間延び男のところにローザを運ばないと!」

 間延び男ことレーベン・ツァイトは、時の竜騎兵の幹部──七天使の一角を務める、自称回復専門の腹黒天使である。

 絶賛パニック状態に陥っているツバキを一度、金の眸でじっと見つめたカゲロウは、主が真っ当な判断力を失っていると踏んだのだろう。ローザの額へと己の肉球を当て──、

「ツバキ、落ち着いてよ。これ、どう見てもただの発熱だから。それにボクが担架に化けたら誰が運ぶのさ。ボクとツバキとローザしかいないのに……」

 ──と、髭をひくつかせながら、冷静に現状を分析する。

「お、落ち着いているわ! 私は常に冷静よ! ほら、あなたが担架で、運び手は私とあなた──あ……」

「ね、無理でしょ。ボクが担架になるのに」

「ぐぬぬ……! あ、そうよ、カゲロウあなたちょっと分裂しなさいよ!?」

 分身でなく、分裂という少々生々しい手法を迫る主に、カゲロウはじとっと物申した気な眸を向ける。

「ツバキ……ボクを何だと思ってるのさ。……はあ、仕方ない。さすがに分裂は無理だけど、ちょっと待ってて」

 カゲロウは何処(いずこ)かへと足早に立ち去ったかと思うと、その姿を水色のパサついた長髪を持つ痩せ肉の青年へと変化させ、ぺたぺたと裸足で戻ってきた。

変化の能力を持つ彼は、かつては魔物への変化もできる凶悪な能力を持っていたのだが、残念なことに、現在その魔物へと化ける能力は魔王ルシファーに奪われてしまっている。

かろうじて動植物や物に化ける能力だけは奪われずに済んだため、戦闘では微塵の役にも立たない彼はその能力をもって、今はツバキの偵察として働いているのだ。

「ちょっと、何勝手にいなくなってるのよ! 担架がダメならほら、作業場の手押し車とか……!」

 ごうごうと吠える主にカゲロウは──、

「だから落ち着いてくれ。……手押し車なんぞにならなくとも、この姿なら俺一人でもローザを運べる。そうだろう?」

 ──と、至って正論を述べる。

「言われてみれば確かにそうね。ええそうね。でもそれなら何処かに油なんて売りに行かずに、すぐに化ければ良かったじゃないの!」

「……ふむ、そうか。この場で化けるならば、俺はもれなく全裸ということになるが、それでいいんだな?」

彼は黒猫から人型へと変化した際に、身に付ける衣服がなかったのだろう。その身体には窓から無断で拝借してきたと思しきカーテンを纏っており、そのカーテンの隙間からは両手にそれぞれ嵌めている猫と蛙のパペットがちらちらと覗いている。

不機嫌そうなカゲロウに、ツバキは一言──、

「ええ、微塵も問題ないわ」

 ──そうキッパリと言い切った。どうやら彼女の倫理道徳という観念は狂っているらしい。

「あなたはいくら人型であろうと、変化元は悪魔なのよ。よって、悪魔社会ならいざ知らず、人間社会の法になんて則る必要はどこにもない。つまり猫型が全裸で良いように、人型だって──」

「──断固断る!」

 ツバキが言い切るよりも前に、彼女の結論を先読みし、それを一刀両断するカゲロウ。

余談であるが、彼の人型を取ったその姿は、悪魔バアルとしての本来の姿であるが、変化の際には『魔物』であると同時に『人』である、と変化の分類上は括られるため、かろうじて魔王に奪われずに済んだ、今の彼にとっては唯一の『悪魔』と呼べる容姿かもしれない。

悪魔である証左として、その身体のあちこちに、仄かに燐光を放つ幾何学模様『地獄紋』を持っており──現在、少し不機嫌な彼の波立つ心情を表すかのように、その地獄紋からはいつもより漏れる燐光が多くなっている。

「ほら、ローザを貸せ」

 不機嫌を圧し殺したような、抑揚のない、低い声音でそう告げるカゲロウは、本当に先ほどまでの黒猫と同一人物いや、同一悪魔なのかと疑いたくなるほどの落ち着き払った様子で、もたもたとしているツバキの腕からローザを半ば無理矢理毟り取り──、

「時の竜騎兵へは俺が運んでおく。そこの机の片付けは任せた」

 ──と、主へと後始末を押し付け、ローザを横抱きに抱え直すが早いか、窓から外へと飛び出して行ってしまった。

 独り図書館に残されたツバキは、己の命などとは比べる間でもないほどに大切にしている友人が倒れたことがよほど気掛かりなのだろう。机上の本を、その上下も気にせず重ねると、ジャンルも本の角度も丸無視し手近な本棚に戻す──もとい、強制的に押し込むと、主に置き去りにされていたローザの鞄へと、彼女の私物を捩じ込み、猛然と図書館を飛び出した。

 本来であれば徒歩で三十分は掛かるであろう帰路を、彼女は僅かも足を休めることなく、ものの六分程で駆け抜け、鞄を抱えたまま、時の竜騎兵に複数ある救護室の、一つの扉を豪快な破音と共に蹴破った。

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