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 二 得手不得手


 

──ギャンブルで大敗を喫してから数日経った、ある日の放課後。ツバキは友人であるローザとともに、彼女達が在学しているレムベルグ第一都市学園に併設されている、一般人も利用可能な図書館にいた。

ローザ・フォン・ヴァイセンベルガー。ツバキの唯一の親友である、腰ほどまで伸ばした金髪をツインテールにした青い瞳のその少女は第一都市レムベルグの中でも、五指に入る名門貴族の出である。

 普段ならば、平時であろうと、そんな大貴族の令嬢であるローザは護衛を数人は付けているのだが、今日は彼女が誰よりも頼りにしている学園切っての才色兼備、文武両道の天が二物を与えたような、──というよりはその二物に振り切ってしまったが故の犠牲であるかのように、性格的な、人として大切な何かをまるっと取り落としてしまった──そんな優等生(れっとうせい)である親友が側にいるからだろう。彼女の周囲に護衛の姿は見当たらない。

「お手伝い助かるのだわ、ツバキ。時の竜騎兵に入団してから、任務もあるし仕方ないとはいえ、アンタ、学園に週三日ほどしか来ないのだもの。ホントはほら、図書館なんかじゃなくて、カフェとか新しくできたパフェ専門店とかに二人で行きたいのだけれど、少し調べてみたいことがあって」

 ローザは己の手伝いをしてくれているツバキの姿に、嬉しそうに頬を緩め「あったわよ」とツバキから手渡された資料を受け取る。

「ねえローザ、渡しておきながら何だけど……これ、学業には不要じゃない?」

 ツバキの手渡した本。その表紙に黒インクで大きく書いてある文字は『天使と悪魔』。

 どう見てもそれは卒業に関わる必須科目などではなさそうだ。

「確かに学業には不要かもしれないけど、悪魔の王国が存在するって、魔王ルシファーが……伝説と言われていたはずの悪魔がこの世界に普通にいるって分かってしまったのだもの。なら、今までどうして彼らがドレストボルンに不干渉だったのかとか、何故悪魔は天使と人を襲うのかとか、知りたいことはいっぱいあるのだわ」

「そんなこと……。あのね、ローザ。好奇心猫を殺すという言葉が今のあなたにはぴったりよ。……悪いことは言わないわ、不毛なことを調べるのはやめておきなさい」

 冷たくすら聞こえるツバキの言葉に、ただ真面目に、そして真剣に、友人の助けとなりたいだけのローザは、その青い瞳を吊り上げ、頬を膨らませた。

「なんでよ!」

「言ったでしょう? 不毛だからよ。いえ、不毛で済めばまだ良いわ」

 ローザはツバキの言葉の意図が掴めないのだろう。ツインテールにした金髪を揺らしながら首を傾げる。

「ローザ。奴等は決して不干渉なんかじゃないのよ。今でこそ時の竜騎兵に属して、天使側に付いているけれど、本来であれば此処にこうして私がいるのは天使の敵として、奴らの首を落とすため。その企みの(もと)、ルシファーが此処へ私を差し向けた時点で、既に()の魔王がドレストボルンに不干渉ではないことくらい、火を見るより明らかなことでしょう? ならばそんな魔王が、私より前に、名も知らぬ誰かを、私と同じように何らかの形で此処に刺客として送り込んで来ていても、全くおかしくも何ともないわ」

 ツバキはそう口にしながら、ローザが腰掛けている椅子の、長机を挟んで反対側にある椅子へ腰を下ろすと、その白磁の指で、ローザが机に置いた本のページを適当にめくった。

「下手に嗅ぎ回って、自ら藪を(つつ)くものじゃない。いつどこに、間者が紛れているか分かったものじゃないのだから。時の竜騎兵に蔵収されている禁書や、それこそあなたの屋敷に代々伝わるような書記。その手の書物ならいざ知らず、こんな『~であったのではなかろうか』などという憶測と『~があったのかもしれない』なんて妄想を書き連ねた一般書物一つで厄介事に巻き込まれたくはないでしょう?」

 ツバキに(たしな)めるように言われたローザは少し青ざめながらキョロキョロと周囲に視線を走らせる。どうやら間者がどこからか聴いているのでは、と恐ろしくなったようだ。

「でも、確かに間者は怖いけど、その……ツバキは……何もしないことが怖くないの?」

 疑問を口にしながら、同時に本を机の端に滑らせ、何も見ていないことを主張するように、両の掌を膝の上に置くローザ。

「ん? 怖くないワケがないでしょう」

 至って冷静に、「怖い」と口にする彼女に、ローザが「嘘よ」と半眼になる。

「嘘なんかじゃないわ。恐怖を告げるのは意志ではなく本能なのだから仕方ないでしょう? まあ、だからといって、いざって時に恐怖に足が竦んで動けませんでした。なんてことになったら情けないにもほどがあるから鍛練だってサボらずやっているのよ……。ただ、私が今、怖いとかではないけれど、最も警戒しているのは魔王よりも間者よりもルキフュージェ。そっちね」

「へ? るきひゅーぜ?」

 上手く聞き取れなかったのだろうローザに、ツバキは「なんでもないわ」とその名を再度、口にすることはない。

 ツバキが悪魔ルキフュージェをともすれば魔王ルシファー以上に今、危険視しているのにはれっきとした理由がある。

 カゲロウ曰く、無欲かつ、公平で公正な悪魔ルキフュージェ。

 カゲロウの言葉が真とするならば、ルシファーはともかく、ルキフュージェ自体が今までドレストボルンに干渉して来なかったのは別段驚きでも何でもない。

 何故なら、公平であるから。

 時の竜騎兵が悪魔の存在を伝説のものとして、認識していなかった頃は、ドレストボルンに対し、一切の侵略行為を行っていないはずである。と、()の悪魔のかつての部下だったカゲロウが断言するほど、不公平を嫌う悪魔ルキフュージェ。

 だが、運命の歯車は回り、時の竜騎兵は悪魔の存在を認めてしまった。

 ならば、その不干渉の膠着状態が解けた以上、()の悪魔が何かしらの手を打って来るのは必然であり、その一手として、魔王とは別に、ルキフュージェ自身が、ドレストボルンへと間者を送り込んでいる可能性も充分にあり()るだろう。

「苦手なのよね……」

 頬杖を突きながら、ツバキはぼそりとボヤく。

彼女は遠い昔、彼女が彼女たり得る核である心臓を魔王ルシファーに奪われていた。

そのこともあり、一時は天使を抹殺しようと企んでいたツバキだったが、利害についての対話の結果、彼女は天使と共闘する道を選んだ──。

 そんな彼女にとって、自身の核たり得る心臓を握られていようが、魔王ルシファーは言ってしまえば”出方を読むことのできる”相手なのに対し、悪魔ルキフュージェはそうではなく。

 魔王ルシファーを、その存在自体を危険なものであると他者に認識させている上で、奔放にあちこちを飛び回っている毒蜂に喩えるとしたら、ルキフュージェは病魔と喩えるのが妥当な存在であった。静かに静かに鳴りを潜め、機が熟した時、確実に宿主を死に追い込む。

 普段が大人しければ大人しいほどに、満を持して発病したその一手(やまい)は的確に、そして微塵の容赦すらなく対象を、逃れられぬ死へと追いやるだろう。

 そんな、ぬらりとした得体の知れない不気味さを、かの悪魔に感じているからこそツバキは、自ら危険に首を突っ込もうとしているローザを止めるのだ。

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