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6-6

「では改めて『鮫の巣』首領ガイル。此度の捜査協力に心より感謝する」

ヴァイスの言葉にガイルは気にすんな、と豪快に笑った。

「オレぁ、自分の護るべきモン護りに来ただけだ。なんせこんな因果な業界だからな。皆あっさりポックリ逝っちまう。唯一オレの老後の面倒をみてくれそうな、手塩にかけた人形を壊されるワケにゃあいかねえんでね」

「……おじいちゃんになった師匠の介錯と看取りかぁ」

思わぬ話に引き出されたツバキは「何年後かしら」と考え込む素振りをみせる。

「誰が看取れっつったよ。介錯じゃなくて介護しやがれ。介護。記憶も歯も全部なくなって、三度の飯に徘徊に、と世話の焼ける老害になってやる予定だからな、覚悟しとけよマリア」

 意地悪くニンマリと笑むガイルにツバキは「仕方ないなあ」と呟き、

「分かったわよ。優秀な執事もいることだし、老後のことは任せるといいわ。その代わり、きっちりそこまで生きなさいよ!」

 条件付きでそれを承諾した。当然と言えば当然であるが、介護対象にさっさと死なれては介護にならないのだから。

「そうかい。そりゃオレも老後は安泰だ。……っと、諜報に向かわせていたクレアが戻ったか」

 ふいにガイルの見やった正面門扉のすぐ側に生える茂みの中から、クレアがその猫背を更に丸めるようにして、弾丸のように飛び出してきた。

「頭ぁ。ひひっ! 女二人は間違いねえ、『夜の魔女』(ナハトヘクセ)の連中が連れているみてえですわ!」

「そうか、『夜の魔女』か。ならば…おい、マリア」

振り向きざまにガイルに話を振られたツバキは、

「分かっているわよ。つまり、ローザ達はまだ無事ってことでしょう?」

と、淡々と言葉を返すが、その顔には隠せぬ安堵が滲んでいる。

「……すみません、一応僕達にも情報くれますかね」

 勝手に話を飛躍させる師弟に、このままでは話が全く理解できないまま、更に先に進みそうだと踏んだシズマが天使達を代表するように声を上げた。

「ああ、悪い悪い。『夜の魔女』は特に人拐いを得意とする集団でな。まああれだ、旦那と別れた女からの『そうだ、あの旦那をこっそり殺して子供を取り返そう!』とか『うちの子の難病には余所の子供の生き肝が薬になるらしい。よし、適当に生きた子供を連れて来てもらおう』とか、その手の胸糞悪い愛憎劇が裏にある依頼が多い中級組織だな」

ガイルは何ということもない、といった体でさらりとそう語るが、その内容は決して気持ちの良いものではない。

 母親としての愛と、人としての倫理と。

 決してその依頼は許されることではないが、()の組織が成り立つということは、その道に手を染めてでも我が子を想う親がそこかしこにいるということだろう。まあ、金持ちの令嬢を拐って身代金を搾取しようとする輩からの依頼もいくつかあるにはあるのだろうが。

「行き過ぎた親心──いえ、子を思う親心に行き過ぎなどということが果たしてあるのでしょうか──」

「……シズマ。そこにどんな親心があれど、それは決して許されぬこと。それだけだ」

 ヴァイスの言葉にシズマは「そうですね」と思考を断ち切るように(こうべ)を横に振る。

「ワシやアマラ、そしておぬしを襲った組織とは違い、その『夜の魔女』とかいう組織がわざわざ出てきたということは、ローザ嬢を人質として何かを企んでいるから、かの?」

 イェンロンの推理に、ツバキは「ご名答」と小さく頷く。

 とその時──、重くも軽くもない程々の重さの羽音と共に、カラスへと化けたカゲロウが戻ってきた。

「カゲロウ!」

「ツバキ、大変だよ大変だよ! まだまだ遠いけど、壁外にたくさん魔物が湧いてるの!」

カゲロウは逸早(いちはや)く主へとその情報を伝えるべく、大慌てで帰ってきたのだろう。

「遠すぎてみーんな黒っぽい点にしか見えなかったけど…でも、間違いなくこっちへ向かって来てるよ、あいつら!」

そう言い切ったカゲロウは、ツバキの伸ばした腕に舞い降りると、翼を脇に開くようにして、上昇した体温を逃がし始める。

「魔物の大群!? ……よりによってこの忙しい時に!」

 舌打ちするツバキに、ガイルは取り立てて慌てた様子もなく「だからだよ」とボヤく。

「奴さんもタイミングを見計らっていたってことだろ。壁内でヴァイセンベルガー家の令嬢を拉致して、時の竜騎兵に壁外への注意を向けさせない。そうして兵団を壁外で展開されることさえ抑えてしまえば奴らのドレストボルンへの侵攻は格段に楽になるからな。このタイミングで相手さんがやってくるのは当然のことだろうさ」

「……ヴァイセンベルガー家は時の竜騎兵には欠かせない支援者。そこの令嬢を拐えば、時の竜騎兵は罠だと分かっていてもそちらに食い付くしかない。敵方はそこまで見越して今回、侵攻が露見した時の保険として、時の竜騎兵を足止めする為にヴァイセンベルガーの令嬢を拉致したのだろう」

 そう冷静に現状を分析する各々の組織の頭二人に、自ずと周囲の視線が集まる。

平時であればまず同時に目にすることはないであろう、全てが正反対のような組み合わせの二人だが、規模はどうであれ両者共に組織を纏める者でありその咄嗟の判断は早い。

「まあ十中八九、そういうコトだろうな。いやはや、どこぞのマリアと違って、敵ながら中々良い一手を打って来やがる。って、──ん? そいつ、カゲロウ?」

 ガイルは何かに気付いたようにツバキの腕で羽を休ませるカラスを見やる。

「マリア…てめえのカゲロウは何代目だよ?」

「へ?」

ツバキは話が読めないのだろう。カゲロウを腕に乗せたまま、疑問符を浮かべるように、首を傾げた。

「さっきてめえが飼ってたライオンもカゲロウ、そいつもカゲロウ。昔飼ってた猫もカゲロウだろ?」

 ガイルの言葉に、ツバキは腕のカラスへと視線を落とすと、

「あ、そうだったわ。師匠にも言ってなかったっけ。カゲロウは実は──」

 己が師匠に、簡単にカゲロウの正体が悪魔であること、その能力が変化であることを説明した。

「ふんふん、つまりカゲロウは悪魔で魔物じゃなければ大概何にでも化けられる、と」

「ええ。そういうことよ」

「師匠、黙っててごめんなさーい」

 説明を終えたツバキの腕でカラスが嘴を鳴らしながら謝る。

その羽根の如く軽い、心の全く篭ってないカゲロウの謝罪にもガイルは「そうか」と呟いただけであり、悪魔と聞けばさすがの彼も驚くのでは、と思っていたツバキは、その反応の薄さに目を瞬いた。

「師匠…驚かないの?」

「んあ? 驚いてるぞ、本気で。でもな、オレの人生上最大の驚きは、影から這い出てくるガキを拾ってしまったことだからな。それ以上ってのは中々ねえさ」

ツバキは複雑そうな表情で少し目を眇めると、そんなことは知らないと言わんばかりに明後日の方角を見やる。

 そんな渋い顔の彼女には気付くことなく、ガイルは「ふーむ」と顎髭を撫で、

「いや、ありがてぇわ。カゲロウてめえ、いいモンに化けられるじゃねえか!」

 次の瞬間、ツバキの腕で羽を休めていたカゲロウは、引ったくるようにガイルにその首根っこを掴まれた。

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