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6-5

 ──もう何年も前のこと。

何かしらの、耐えきれぬほどの罪をを犯したのだろうか。己で何かを考えることを恐れるように、意思も表情も損得勘定すらもなく、命令のままに動く殺戮人形だったツバキを憐れみ、一縷の望みをかけてガイルは彼女にある依頼を渡した。

 『鮫の巣』に舞い込んだその依頼は──アドラー家の家人全員の暗殺。

「オレはその日、てめえにアドラー家を襲わせた」

ガイルには政界の要人暗殺などの依頼も来ることがある為、要人達の社交場などで、何度かアドラー家の家長を目撃したことがあった。一目見ただけで偽りなどではないと分かる程の、その清廉さ、そして気宇壮大とでも言うべきその在り方を、彼は潜伏している天井や物陰から、毎度のように見せつけられていた。

そんなアドラー家の家長を暗殺する。

勿論依頼者は清廉潔白な彼を目の敵にする、ロクでもない輩だったが──、

「依頼者をクズとは言わねえさ。…それを利用したオレの方がよっぽどクズだからな」

ガイルはやるせない表情でそう呟く。

「血にも悪にも染まっていない、奴ならきっと、人形だったてめえにもう一度人の“心”ってモンをくれる…もしくは思い出させてくれるんじゃねえかって思ってな」

彼女に人としての心が生まれる、もしくはどこぞへと押し込めたそれを思い出してしまえば、自身の業に迷いが生まれ己の許から去るかもしれない、と薄々気付いてはいた。

 けれどそれは、己が暗殺の依頼を受け街へ赴くたびに、井戸端でかしましく喋っている女達や店頭で新しいドレスを眺めている女達を見て──もう心に決めたことでもあった。

「賭けだったさ。てめえが心を獲て陽の当たる場所で生きるか、追っ手に捕らえられ、獲た心と共に命を落とすか。……あの時のオレは本気で、それで死ぬならそれはそれで良いと思ってた」

(なまじ)腕が立つ故に、暗殺者で居続ければツバキは、順当に行けばまだ六十年は軽く残されているであろう人生を、全て意志のない人形として過ごすことになる。

その間にもし変わることがあるとするなら、所有者がクズから外道に代わるくらいだ。

「手前勝手な考えかもしれねえがな、てめえを拾った最初こそ、そんな腕の立つガキだとは夢にも思ってなかったからな。適当にそこら辺で命を落とすまでの間“居場所”を与えてやるつもりで、てめえを『鮫の巣』へ迎え入れた」

けれどな、とガイルは続ける。

「そんなオレの考えなぞどこ吹く風で、てめえはちょっとやそっとじゃ壊れそうもない人形に成り果ててしまった。人形として壊れるまでただ動き続ける。それくらいなら、いっそ終わらせてやった方がよっぽど良いんじゃないか。少なくともあの時のオレはそう思っていた」

断腸の思いで決断したことではあった。

だが、今となってガイルは心底思う。

「……あの時考えていた結末とは程遠いが、今なら迷いなく言えるだろう。あの時の選択は間違ってなんか、いなかったってな」

誇らしげに笑む師匠にツバキは躊躇いがちに口を開く。

「師匠…怒っていないのね? 私が、恩義を忘れ──師匠の期待を裏切って逃げ出したって──」

「怒るはずねえだろ。……そうなるよう、自分で仕向けたくらいだしな」

ツバキは一度目を閉じ、その瞼を震わせ──、

「じゃあ──怒ってなかったのなら、季節の便りにくらい返事寄越しなさいよッ! この馬鹿師匠ッッ!」

万感の思いを込めるように、ガイルへと声を限りに叫んだ。

「季節の便りって…馬鹿野郎! ありゃギャンブルで負けに負けたてめえの借金の請求書じゃねえか!? 勝手にオレ名義にして借金押し付けやがって!」

 ゴツン、とツバキの頭頂へ拳骨が落ちる。

「便りのことは置いておいたとしても、ちゃんとてめえのことは見ていたさ。興味のない奴の動向なんざ誰が収集するか。てめえがヴァイセンベルガー家に拾われたことも、異能の学園に入って首席になったことも、時の竜騎兵に入団したことも……しっかり情報として耳に入れていた」

 おめでとう、と拳骨を開き、わしゃわしゃとその頭を掻き回す。

 ツバキは驚きに目を見開いたかと思えば、赤くなり、続いてすぐに仏頂面に、と忙しく表情を変えていたが──最後は拗ねたように小さく口を尖らせた。

「……ストーカー紛いのことしないでくれる? 変態師匠」

 素直ではない愛弟子に苦笑するガイルだったが、

「ほら、降りろ。護るべき者がいるんだろ?」

 時間はそんなにないぞ、と和んでいた気持ちを切り替える。

 ガイルに促されるように、その上に馬乗りになっていたツバキはモソモソと後退るように彼の上から降りると、地面を転げ回って汚れた白服を片手ではたく。

「全く…どうしてそう貴方達は血の気が多いのですかねえ……」

 と、溜め息まじりに、大なり小なり負傷した二人の許へとレーベンが歩み寄る。

 その掌に癒しの力を具現するような光が零れ始めたのを見て、ガイルは渋い顔をした。

「あん? これしき怪我ですらねえだろ? なあマリア」

 師匠に話を振られたツバキは中々の腕力で殴りつけられたのだろう、血と痣だらけのボコボコの顔で「勿論よ」と頷く。

「痛くも痒くもないわ。蒲公英(たんぽぽ)の綿毛が顔を掠めたくらいの──」

「いいから黙って治されて下さい、野蛮人のお二人さん」

 レーベンは有無を言わさず、二人の顔の傷を癒し、

「はいはい、大人しくしていて下さいねー」

 次いで、ツバキの両肩を掴むと、両側から押しやるようにして抜けた右肩を捩じ込んだ。

 師匠の手前、痛がる素振りを見せたくないのだろう。電流が走るような感覚を、歯を食い縛りながら耐えるツバキ。

 冷たい痺れの残るような感覚を、手を振りながら散らし、ツバキは己が師匠に問う。

「師匠。師匠がその、大嫌いな地上に来た理由って……」

 地上どころか暗殺者が時の竜騎兵に堂々と姿を現すなど、まずあり得ないことだろう。

「ウチの張り巡らした情報網にヴァイセンベルガーの令嬢と、何かよくわからん女生徒が拉致されたと入ってな。こりゃあどこぞの馬鹿野郎がしくじったに違いねえと思って来てやったんだよ」

 どこぞの馬鹿野郎は言い返す言葉もないのか、苦虫を噛み潰したような顔で黙りこくる。

 片や、身近に控えていながらに少女を護れず、拉致さえ許してしまった。かと思えば、片や、遠くにいながらにして拉致された少女の行方を掴んでおり、あまつさえそれを自ら出向いて己が営業の妨げである敵組織まで報せに来た。

 彼の行動は全てが他でもない、愛弟子を思うが故のものだろう。

 喩え、ローザが拐われようがエルマが拐われようが、ツバキに関係がなかったのなら「そういう星巡りだった」で終わらせる話なのだ。

「ほらマリア。(やっこ)さんに血ぃ見せてやろうじゃねえか。浅ましくも鮫の巣に手ぇ突っ込んで掻き回したんだ。ならばその首、喰い千切られるのが道理ってもんよ」

 歯を見せて、凶悪な笑みを浮かべるガイル。

 それに負けじと「当然よ。鮫はスカポンタンなんだから、命乞いなんて聞かないわよ」と道化のように嗤うツバキ。

 彼女はどうやら完全に立ち直ったようだ。

 立ち直りはしたのだが──、

「あの…時の竜騎兵の敷地内で二人してその外道の笑みはやめて頂けませんかね。絵面的にここが暗殺組織になってしまった感があるので……」

 シズマの苦言に、成り行きを見守っていたジオンが「冗談でもやめてくれ」と複雑そうに呟いた。

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