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5-3

「これはこれは…見目麗しい女性が三人? 貴女達は何者ですかね」

 入り口を見張っていた、頬に鮫の刺青を持つ、中年の筋肉隆々な男に問われたツバキは、男の目によく映るように銀のペンダントを(かざ)す。

「あらあら、酷い。その気持ち悪い脳味噌は私のこと、忘れちゃったのかしら──(ヴィーゼル)? まあ私を忘れたとしても、このペンダントくらいは分かるでしょう?」

 怪訝な顔でペンダントをとツバキを交互に見やる男は、はっと何かに気付いたらしく、驚愕にその目を剥いた。

「貴女まさか! 風の噂では聞いておりましたが、本当に生きておいででしたか殺戮人形(マリアネッタ)! その不気味な黒髪……その不遜な物言い、冷たい瞳! ああ、ああ、マリアネッタで間違いありません! して貴女、今までどこで何を──」

 ツバキを殺戮人形(マリアネッタ)と呼んだその男──ヴィーゼルは、彼女との再会を本気で喜んでいるのだろう。両腕をばっと開きツバキへ抱き付こうと、猪もかくやと言わん勢いで突進し──直後、彼の額へとツバキの手刀が垂直に落ちた。そして──。

「うわっ、触っちゃった……。ああもう、久々でも本当に気持ち悪い!」

 ──うっかり手刀を叩き込んだ後、己の行動に身震いするツバキ。

「ああ、この気持ちの良い一撃…本当に貴女は変わらない──」

「今さらだけれど、本当に此処って変態しかいないのね!」

 手刀を受けたヴィーゼルはうっとりとした様子で「至高の痛み(よろこび)……」などとまず常人には理解不能な言葉を呟いている。

 シズマとレーベンは顔を付き合わせながら、込み上げる強い吐き気に必死に耐えるしかなかった。

「と、とにかく通らせてもらうわよ、ヴィーゼル!」

「ああっ! 待って下さいマリアネッタ! 久々の再会なのです! もっと、もっと殴って、斬りつけて……ああ、なんなら爪を剥──ぐふぉっ!」

ツバキは追い(すが)るヴィーゼルの頭を、足元に落ちていた篝火用の薪で容赦なく殴りつけた。

「ツバキ、さ、さすがにそれは……!」

 メキリと響いた音は、決して彼女が手を抜いて殴ったわけではないことを如実に表しており、シズマは殴られたヴィーゼルへと手を伸ばし──恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる危険人物の姿に、すぐにその手を引っ込めた。

「ああ、これです……。脳天を突き抜ける……この悦び……!」

「ハイハイ。とりあえず満足したかしら? 満足したならそこで見張りを続けていなさい。……じゃあね」

血の付いた薪を放り投げる──もとい、ヴィーゼルの横っ面へと追撃かの如く投げつけたツバキは、ため息を一度吐くと拠点の入り口に吊るしてあったボロ布をくぐる。

 下水路を利用した、下水の臭いの充満するその拠点は薄暗く、小さな迷路のようになっていた。

「ツバキ、先程の男……なんだったのです、アレ?」

 シズマは全身の鳥肌が治まらないのだろう。先を行くツバキの後をついて歩く彼は肩を竦めながら、己の腕をずっと擦っている。

「ああアレ? アレはヴィーゼル。あんなだけど暗殺者としての腕は確かよ。もし任務とかでばったり敵として合間見えた時は容赦なく殺してあげてちょうだい。できるだけ(なぶ)り殺しにしてあげると心の底から喜ぶわよ」

「全く理解のできない変態ですねー。趣味嗜好で言うなら他者を甚振(いたぶ)るならともかく、甚振られて何が楽しいのでしょうー」

「そこ。地が出てるわよ、間延び腹黒男」

「あ、ついうっかり。……ところでツバキさん、先程の変態男が呼んでいたマリアネッタとは──」

「ちょっと、そろそろ黙って! 師匠はとんでもなく耳が良いのよ! ……マリアネッタは私に付けられた、あなた達ドレストボルンの民で言うところのコードネーム? のようなものよ。それでいいでしょ」

 疑問を口にするレーベンへと、そう小声で返したツバキは複雑な迷路をずんずんと突き進んでいく。

 いくら複雑であろうが、古巣である拠点で迷子になろうはずもなく、ツバキはすぐに最奥の部屋へとたどり着き──。


「よお。そろそろ来る頃だと思ってたぜ──マリア(殺戮人形)

 拠点の最奥。両開きの錆びた鉄扉を開けた空間の先では、豊満な肉体を持つ美女を幾人も周囲に侍らせた、五十代半ばくらいの男が、現れたツバキへと面白そうな表情を向けていた。

 見るからにガタイの良い、腕や頬にいくつもの大きな古傷を持つ、顎と頬に短い髭を生やしたその男は頭頂部だけ芥子色の髪を残し、後頭部は刈り上げるという独特な髪型をしている。

「あら。そちらから呼び出しておいてそれはないんじゃないの? ちっとも変わらない、……ガイル(変態)師匠?」

 ペンダントを師匠へと投げて返すツバキの冷たい視線もさもありなん。ガイルと呼ばれた男の侍らせている女性は皆、下着かと見紛うような、扇情的な衣装に身を包んだ女性ばかりなのだ。

「ふん、てめえも変わらねえようで、うんざり(なにより)だ。まあ何やら手土産を連れて来るくらいの気遣いは出来だしたのか」

 舐めるようなガイルの視線に、全身鳥肌立ったシズマとレーベンは、意図せず互いにぴったりと身を寄せ合った。

「ええ。お土産。師匠の好みそうな顔でしょう?」

 何言ってるんですか!? と目で切実に訴えかけてくるシズマを丸無視し、ツバキはガイルから彼らがよく見えるよう、身体を横へとずらす。

「ふーん、中々いい顔してんじゃねえか。確かにオレの好みだ」

「でしょう?」

「──けどな、野郎は趣味じゃねえんだよ」

 さらり、と告げられた言葉に、ツバキは目を見開き──、

「バレバレじゃないですか! 何だったんですか僕らの苦労は!?」

 ──と、渾身の叫びと共に、シズマとレーベンは身に纏っていた女物の服を、力任せに床に打ち捨てた。

 女物の服の下に着込んでいた時の竜騎兵の隊服に、ガイルの傍に侍っていた女性達がざわつく。

「相変わらず腹立たしいほどに研ぎ澄まされた五感ね……。さすがに引っかかってくれると思っていただけに、残念だわ」

「ああ本当に残念だ。女ならどれだけ良かったか……」

 ツバキの言う『残念』とは遠くかけ離れているのだが、シズマとレーベンが女性でなかったことが心底残念そうなガイル。

 シズマは全身に鳥肌を立てたまま呻くように呟いた。

「確かに、変態……ですね……」

「ええ、真性のド変態よ。なんせ弟子である十歳の娘の(ねや)に、夜間に忍び込んでくるど阿呆だもの」

 刹那、周りに侍っていた女性達が何やら汚らわしいものを見るかのような目つきで、すすっとガイルから離れた。

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