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5-1

五 鮫の巣



 ツバキ達が会議室に到着した時には、既に残りの面子がきちんと正装した姿で、会議室の円卓に着いていた。

 ニクスから報せを受けてまだそんなに時間は経っていないはずである。床に就いていた者もいるであろうことを鑑みると、いかに彼等が有事に備えて、常に気を引き締めているかがよく分かるというものである。

 ヴァイスが会議室に踏み込むと、そんな彼らは一度起立し、敬礼を送る。

「夜間に呼び立ててすまない。とりあえず掛けろ。話はそれからだ」

 集う天使一同は、それぞれが己に割り当てられた席へと着き、アマラの椅子に勝手に座ることに普段であれば全く抵抗のないツバキなのだが、この時ばかりはなんとなくその行為に躊躇いを覚えたのだろう。会議室の隅に置いてある、予備の椅子を持って──来たのは彼女ではなく、彼女の喚び出した影武者だった。

「はいご苦労さま。もう影に帰っていいわよ。……また椅子片付ける時に喚ぶけど」

「そういうところ、変わんねーな……」

 怠惰の極みを見せつける彼女の姿に、ジオンがボソリと呟く。

 そうして──全員が席に着いたのを確認し、ヴァイスが(おもむろ)に本題を切り出した。

「此度のアマラの襲撃事件についてだが、思わぬ進展があった。……暗殺組織におおよその目星が付いている者が現れた」

「なんと、それは真かヴァイス!?」

 イェンロンは驚き半分、喜び半分といった声を上げ──、

「あ、いや待つのじゃ。このタイミング、このメンツ……ということはしゃ、ワシのにぶーい勘が当たっておるとするならば、それは……」

 イェンロンと、その肩口に乗っていた白小虎のツェンリンにじとっと見つめられたツバキは、

「ええそうよ。私情報。……でも一つ訂正させてもらうなら、それは“おおよそ”なんかじゃないわ。確定よ」

 ──と、円卓に頬杖を突きながら淡白な声で答える。

「乳牛の首の傷、皆もう見たのでしょう? あれは間違いない『死の首輪』(トートヴァンド)の仕業ね。異能持ちの奴らもぼちぼち混じっていて、まあ暗殺業界でいうところの中堅どころの集団よ」

 『死の首輪』。聞き慣れぬ単語にイェンロンは素直に首を傾げた。

「なんか……中堅どころの割には初めて聞く名なのじゃが……」

「当然でしょう。大手の組織なら、その規模の大きさ、敵対組織の少なさ故に、名を隠す必要もないけれど、中堅どころはそうはいかないわ。構成員の数から組織の名に至るまで、どの情報がどう同業者の付け入る隙になるか分からない以上、彼らは情報を相当細かく管理、統制するしかないの。自らの組織情報を明るみに出そう、もしくはそんな素振りを見せる輩がいれば即始末。下っ端に至っては下手をすれば情報を持っているというだけで、任務後口封じに始末されることもあるわ」

 ま、こうして暴露されてるけど。とツバキはボヤく。

「で、話を戻すけど『死の首輪』の奴らは皆、こう、ほら、こんな感じの湾曲した手鎌のような剣を携えていて、それで暗殺対象の人間の首を引っ掛けるようにして落とすの」

 その得物の形を表現したいのだろう。ツバキは手で宙に放物線を描いている。

「凶器で首を巻いて落とす。その殺し方から『死の首輪』なんて名になったわけだけど。……まあ組織の構成員全員が殺しの為、組織の機密を守る為なら一切の手段を選ばない。そんな連中の集まりね、あそこは」

「く、詳しいですね……もしかして貴女がかつておられたという組織は──」

 軽く引き気味のシズマの言葉をツバキは「冗談でしょう」と遮る。

「悪いけれど、私がいたのはもっともっと下級組織だから。私が奴らのことを知っているのは、それはほら、やっぱり同業界同士、出会えば縄張り争いがあるし、腹の探り合いもあるし。まあそういった経緯よ。だから組織の名や殺し方は知っていても、詳しい内部事情までは知らないわけだし──」

 でもね、とツバキは続ける。

「私が今一番気になるのは、私に仕向けられた暗殺者集団のこと。奴らが新しく新設された組織に所属している暗殺者であれば、私も知らなくて当然なのだけれど、その、なんというか──」

 ツバキは路地裏に転がる、ローブを纏う男達を思い出す。

「はっきり言って、色々とお粗末すぎたのよ。腕前は並み以下。能力者の一人もいない。得物もバラバラ。……普通に考えたら、ぽっと出の作成ほやほや組織が報酬に目が眩んで挑んできた、ただそれだけのこと。なのだけれど──何せ現状が現状だけに、本当にそれで切り捨てて良い問題なのか、(はなは)だ疑問というワケ」

「……三つの組織が同時に襲撃してきたのですからね。確かに不穏と言えば不穏な感じがします」

 シズマは円卓の上で握っている己の両手を見下ろす。

 何か、拭えぬ不安のようなものがあった。

 ただ同胞が襲われて気が立っているだけなのかもしれない。だが──。

「だが、も何もない、か。普通に考えたら、全ての事件は繋がっている、と見るのが自然ですよね……」

己の思考を振り切るように、頭を何度か横に振るシズマ。

「そう言えば、チビすけ。あなたを襲ったのは何処の集団よ?」

 一人思考に耽るシズマなど視界の外。そんなツバキに問われたイェンロンは、

「うむ、それこそ名だけはイヤというほどよく聞く大手中の大手『死神』(ゼンゼーマ)の連中じゃったぞ。勿論タコ殴りにしてお引き取り願ったがの!」

 『死神』、それはドレストボルンの誰もが一度は耳にしたことのある、ドレストボルン最大の暗殺組織。規模故に名前を隠す必要もなく、また組織の保有する暗殺者の能力は軒並み高水準であるとされる。

 ツバキは『死神』にあまり良い思い出がないのだろう。自分から振った話だったのだが、イェンロンの回答にすぐさま渋い顔でその話を断ち切る。

「ハイハイ、それは御愁傷様。よりによってアレに狙われたことには同情するわ。同情して、この話は、はいおしまい」

 ツバキは全身から「絶対に細かく聞いてくれるな」と言わんばかりの雰囲気を醸し出しており、その件については皆、追及を控えた。

「相手が『死の首輪』と分かってもらったところで、もう一度言うわ白髪男。有給ちょうだい。──明日からちょっと昔いた暗殺組織に出戻ってみるから。蛇の道は蛇。暗殺業界の情報は現役の暗殺者に、よ」

 さらりと言ってのけたツバキの言葉に、シズマが目を剥いた。

「な…また何を突拍子もないことを! 貴女はいつも思考が飛び過ぎなのですよ! 暗殺業界なんかに戻った日には──」

「裏切り者、では済みませんよ? ご自身が一番よく分かっておられますよね?」

 責めるような、怒ったような、そんなシズマの声を制し、レーベンがその言葉を継ぐ。

「あー、そこは…多分大丈夫だと、思う……」

 歯切れ悪くゴニョゴニョと呟くツバキは机の上にシャラリと、細い鎖で銀のプレートを通しているペンダントを落とした。

 鎖に通されたその銀のプレートには大海原を回遊する鮫が彫られており──、鎖は何故か途中で千切れている。

「おや? それは……アマラが身に付けていたものでは?」

 先程まで彼女を介抱していたレーベンは、それに見覚えがあったのだろう。

「そ。さっき乳牛を見に行った時に、アイツが首から引っ提げてたからむしり取って来たのだけど……多分、コレ、呼んでいるのだと思うの」

「呼んでいるって……誰が、誰を」

 いくらか気持ちを落ち着けたらしいシズマが、それでも尚、少しばかり険しい顔つきでツバキへと問う。

「うーん、誰がと言われたら、ただの糞野郎というかただの助平親父(すけべおやじ)というか、ただの飲んだくれというか、一言でゴミ屑というか……まあ、そんな男が、ね」

 散々な評価をされた挙げ句、最終決定でゴミ屑に落ち着いた、その見も知らぬ男に、周囲から小さく同情が集まる。

 ツバキはしばらく頭を抱えて唸っていたが、

「ええい、もうここまで来て黙っていても始まらないわ。私の人生史上、最大の汚点(クズ)にして一応師匠。下級暗殺組織『鮫の巣』(ハイヴォウ)の首領、ガイルが恐らく私を呼んでいるの」

 ──と、それはもう、この上なく厭だと言わんばかりの表情で一息に吐露した。

「これも殆ど確定のような推測だけれど、私を確実に呼び出す為に師匠は乳牛を襲った暗殺者を殺して、こうして私にだけ意図が伝わるように師匠のものである鮫のペンダントを負傷した乳牛に掛けさせた」

集う一同によく見えるよう、ペンダントの鎖を握り、肩ほどの高さに掲げるツバキ。

「あーあ、分かっていることだけど、見た目と一緒で本当に汚いやり口……」

 ツバキがボイコットしないよう、恩義を無理矢理押し付け、出向かせる。

 彼らしいやり方だ、とツバキは小さく舌打ちした。

「暗殺者の誘い……か」

 ヴァイスの呟きに、ジオンが「乗る必要はねえな」と一刀両断の元、切り捨てる。

「いえ、私は乗るわ。言ったでしょう、蛇の道は蛇。更に言うなら虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってね」

 ドレストボルンにはない(ことわざ)であるが、彼女が言わんとしたことは、なんとはなしに理解できたのだろう。ヴァイスは大きく溜息を吐く。

「通常ならば言語道断だと切り捨てるところだが……みすみす重要な情報を得られるかもしれない機会を逃すのも、得策ではない、か。……百歩譲ってお前の案をを容認するにしても、暗殺者が手招きしている処にお前を一人で送り込むわけにもいかぬ。とはいえ、我々が付くには顔が知られすぎているな……」

 眉間に皺を寄せ、誰が適任かと思案し始めるヴァイス。

 ──と、ジオンが何かよからぬことを思いついたように、ニタリと笑んだ。

「じゃあよ、レーベン、もしくはシズマあたりが女装でもすりゃあバレねえんじゃねえか?」

「なっ…絶対嫌ですよ!」

「私も断固お断りですー」

 温和な二人からきっぱりと断られたジオンは「冗談だ」と、ニタニタ歯を見せながら笑う。──が、意外にもヴァイスは「その手があったか」と目を瞬かせていた。

「だ、団長……? まさかとは思いますが……」

 嫌な予感をひしひしと覚えながら、シズマがそろりと声を上げる。

「うむ、お前達二人であれば、案外上手くいくやもしれん。何、人間というのはどうしようもなく視覚情報に頼りがちなものだからな」

──哀れなことに、彼の予感は的中してしまった。

「やっぱりですかー!?」

「女装……」

 己が組織の長の決定に、軽い絶望に両手で頭を抱えるシズマの横で、心なしかレーベンが黄昏れ──一瞬傾いだ。

 ツバキは二人のそんな心も知らず、どうでもいいと言わんばかりに告げる。

「まあバレないんじゃない? だってあのクズ師匠、基本だらけることと、賭け事と、後は飲んだくれることと、……女遊びすることくらいにしか興味がないから」

 それは、一部を除けば、シズマがいつかどこかで聞いた言葉──。

「間違いないです、それ、貴女そのものじゃないですか……」

 彼女がまだ入団していなかった頃、学園でツバキとローザがそんな話をしていた。少しばかり前の、ツバキと初めて出会った時のことを思い出し、シズマは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 師匠が師匠ならば、弟子は弟子ということか──。


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