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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集・コメディ

悪役令嬢スラップスティック

作者: 絶縁宣言

 古城ブロチカウナは国と同じ名を持つ、故国最古の城であった。かつてここで、民のためにこの命をなげうつと神に宣誓した初代王ヴォルテの戴冠式が行われたと言われ、民らはこれに一日一度、礼拝する。


 

 そして彼らは顔を上げ、眩し気に城を見上げるのだ。自分たちの生活をより豊かなものにしてくれる、次世代の為政者ら、貴族の子息らの教育の場を。王国の宝を子供らに開放した王家の、深き慈愛の心を。



 そんな視線を知ってか知らずか、教育機関たる古城ブロチカウナでは、厳粛な催しが開かれていた。

 集められた貴族の子供たち。

 彼らは王から、そして親から授かった土地と民を管理していくために、様々なことを学ぶのである。





「おい貴様、フォークの持ち方も知らんのか! そんなことでよくこの先生きていけるものだな!」

「ハッ! 七面鳥の一気食いで、たった二つしか頬張れないのか!」

「今ワタクシの足を踏んだのは誰ですの!? 謝罪をしなさい、謝罪を!」





 民を導き、国を豊かにするというのは、並大抵ではない。試行錯誤の連続で、彼らは研ぎ澄まされた貴人へと脱皮するのである。

 その日は、現ブロチカウナの王自ら視察に赴いており、それに応じて各地から領主が集結し、催しもパーティーといった趣である。


「陛下、本日もお元気そうで」

「そういうお前も、都へ来るたびに、精悍になっていくようだ。何か秘訣でもあるのか?」

「ええ。陛下もご存じの通り、我らが母なる土地は、よきぶどうがたくさんとれますゆえ。健康のためにと飲んでおりましてな。おかげで血の巡りがよく……ととっ!」

「はは、なるほどな。元気が有り余ってよろけるわけだ」

「いえ、お恥ずかしい限りです」




 これほど輝かしい黄金の時間が、かつてあっただろうか! ああ、初代王ヴォルテがもしこの場にいたのなら、感涙にむせび、未来永劫この国が繁栄し続けていくことを確信し、神々に己の子孫の守護を願ったことだろう!

 しかし、そんな微笑ましくも厳粛なこの国家は、一人の悪女によって破滅に導かれてしまうのである。





 次期王となる予定だったピッグルズが広間へと駆け込んできたのは、ちょうど王が、己の演説を始めようと、発声練習をしていたころである。ピッグルズは驚天動地のあまり、カーペットに足を取られてしまったが、これもまた、普段武芸に秀でている彼にしては珍しいことだったが、それほど彼は動揺していたのである。

「何事だ!?」



 王がワイングラスを落とし、滴る雫を服から払い落としている。唇を伝う赤い雫は、今後の惨劇を暗示していた。王は戦場で将軍らを一喝するような覇気をもって、この不吉な暗示を袖で拭ったものの、果たして、叶わなかった。



「お、俺がよ! あの女とファックしようとしたら、あの女、平手打ちを……!」

「なにい!?」



 王家に連なること、王家の輝かしい系譜に名を残すことは何よりも誉れであるはずなのに、件の女は最大級の辱めを与えたのである。

 嗚呼、白皙のピッグルズの頬には、奴隷の焼印が如く赤い手形がくっきり浮かび上がっていた。



「あのアマ、婚約破棄だ! 破棄してやる! その前にギロチンだ!」



 王は玉座から立ち上がった。近くにあったグラスを一気に飲み干すと、古城ブロチカウナすら吹き飛ばせそうなげっぷをもって、その女を連れてくるように命じた。



 しかし、悪女は誰に拘束されるわけでもなく、何食わぬ顔をしてぬけぬけと、この大広間に現れて見せた。



 王子が、王が、貴族が、

 あとついでにその辺で描写すらされていない、とりあえず罵詈雑言を浴びせるためのモブキャラ


 の視線を受けても屈しないのは、さながら悪鬼のごとき恐るべき威圧であったことだろう。

 王は目を剥いた。彼女の顔は見覚えがあった。



「そなたは!」



 見覚えはあったが名前は憶えていなかったので王はその先を言えずに沈黙し、相手が名乗るのを待ったが一向にその瞬間は来なかったので、とりあえず名を呼ぶことなく糾弾することにした。



「テメエ、オレの息子に何やってやがんだこんちきしょうが! クタバレ!」



 王の一喝とともに、息を吹き返したモブキャラらも彼女を非難して見せたが、



 描写がめんどくさくなってきたし語彙力もなかったので割愛する。




 と、親切な悪役令嬢は一通りその非難を聞き終えてから、ゆっくりと肩をすくめて見せた。



「公爵家の娘として、恥ずかしくないのか!」

「そうだそうだ!」



 と、爵位を持っているらしい悪役令嬢は――

 というよりも本当に爵位って紛らわしい名前が多いよね。調べててわけわからなくなってくる。というかgottaになる。



 とはいえそれ相応の身分がなければそもそも王子の近くにいることができないし婚約破棄されることもないし、そういうわけなのでとりあえず爵位を持っているからこその「令嬢」。



 というわけでこの悪役令嬢であったが、彼女は傲然と大広間を見回した。



「おい、なんとか言え!」

「バーカ!」



 近くに立っていた兵士ということで「近」衛兵が悪役令嬢を取り囲む。

 

 

 嘔吐

 


 じゃなかった



 王と王太子はそっくりな笑みを浮かべて、この女がメッタクソにやられて「クッ、殺せ!」と叫び出すのを待つ、もしもこの世界にエロゲがあったらリョナ系エロゲを積んでそうなサディストというかただのクズな笑みを浮かべていたが、その顔はすぐに凍り付いた。



 自分を取り囲む三人の兵士、その顔をじっくりと見つめていた彼女は、突如さっと身を翻し、着地するようにその場に屈んだ。一瞬遅れて、胴体が真っ二つになった兵士の死体が絶叫とともにその場に落ちた。



 会場には歴戦の兵が数多くいた。彼らは何が起こったかは理解できなかったが、同僚らがまき散らした赤い血で、慌てて武器を取り出し身構えようとしたが、既に機を逃していた。



 火薬の弾ける音がした。

 戦場でしか聞かれないはずの音であることに気づけるものも少なかったが、音自体も大砲に比べ、かなり小さなものであったことを気づける者はおらず。


 その場で立ち尽くし、ピンと体を硬直させた兵士は、そのまま前のめりに倒れた。甲冑が石畳に叩きつけられ、広間に嫌な音を立てる。うつぶせになった彼の頭からは、ほとんど気づけない量の血が流れ出ており、それでもその、わずかな傷が彼の命を奪ったとは、その場にいる誰も気づけなかった。


 45口径の自動拳銃、サプレッサーの先からは、見えるか見えないか程度の煙が噴き出している。彼女の武器が何であれ、それを向けられたら死が待っている、ということを、



誰もが理解できなかった。



 悪役令嬢は軍用拳銃を片手でぶっ放せる強靭な肉体を持っていたわけだが、もう片方の手は何をしていたかというと、昔懐かし――あくまで読者にとって――マカロニウエスタンでやってそうな、ガンアクションである。煙を上げ、兵士を一人遠距離から撃ち倒した小型の何かと、微妙に形状は違うが同じように、人間を殺せるであろう武器を、指先一つでくるくると回しているのである。


 体の側面に添わせるように、それから腕をゆっくりと上げ、拳銃が回転するさまを見せつける。悪役令嬢は表情一つ変えず、それをこなしている。



 大道芸を庶民の娯楽とけなすのが貴族の嗜みではあったが、彼女の見せつけるそれも、大道芸と呼べなくもない。



 ふっ、と拳銃が宙へ飛ぶ。

 指を追っていたつもりが、いつの間にか銃に目を奪われている。それすら、この場にいる誰も気づけるはずがなかった。



 虚空を舞う拳銃は、冷たく硬い金属の艶を見せつけ、シャンデリアの光を反射する。宙を飛ぶ力が消え、重力に引かれ落ちていくそれを、知らず知らずに固唾を飲んで見守っている。



 彼女は捉えなかった。

 それ以上だったのだ。



 悪役令嬢はキャッチと同時に拳銃を再び回転させ始めたのである。異なる二つのアクションをスムーズに移行させたその技量に、誰もが見とれるほかなかった。

 そして、拳銃は、ぴたりと獲物を捕らえた。




「――へ?」



 照星を確認するより早く、回転式拳銃が火を噴いた。

 同時に彼女の手は、手始めの一発を放った自動拳銃をぱっと放し、リボルバーへと被せるように交差させる。同時に役目を終えた撃鉄が、その空いた手によって再び起こされる。



――もっとも、そんな彼女の技量も、拳銃を知らぬこの国の人間には、そもそも理解できなかったのだが。




 スイカが弾けるように令嬢らの頭が吹っ飛び、テーブルへ飛び込むようにして倒れる。

 カンフー映画さながら、つまるところ普段使いでは使い物にならない耐久度で、テーブルの脚が折れ、机が真っ二つになる。金属疲労というレベルではない。べったりと血が付着したテーブルクロスに、砕けたグラスが降り注ぐ。



 即座に撃ち尽くして弾倉が空になったリボルバーと交換するように、先ほど落とした自動拳銃を蹴り上げ、今度はそれを掴み取る。そして、リボルバーが響かせた火薬のオーケストラによって固まっているモブキャラを一掃してしまった。



 王と王子は、この惨劇から逃げ出そうと我に返ったが、



 主に作者のせいで我に返るのが遅すぎて、あえなく銃の餌食となった。




 こうして作者ともども世界観をぶっ壊した、この世界にとっても悪役である彼女であったが、彼女は王子の死体を見下ろし、




「こっちから婚約破棄してあげるわよ、ボケ」

 といかにも「悪役令嬢」「婚約破棄」というタグを入れるためだけの白々しいセリフを言い放った彼女であったが、もちろんこれも彼女の意志ではなく、ゆえに彼女の銃弾によって作者は死んだ。


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