95 帰宅
その夜、もう遅いからと、僕は王宮に泊まることになった。
部屋に案内されて着替えや軽い食事を与えられ、僕はベットに入るとすぐに眠ってしまった。
次の朝、目覚めると、体のあちこちが痛かった。縄で縛られところが痣になっていて、手首足首は擦り傷になっていた。肩は弓矢を受けたのに、なんの痕も残っていない。国王様も、どうせなら全部の傷を治してくれればよかったのに。
朝食を部屋で食べ終わり、ニーナの部屋に行ってみようと思っていたときに、部屋がノックされた。
はい、どうぞ、と答える。
ニーナが来たのかと思って、ドアに近づくと、入ってきた人を見て、ぼくは、固まった。
「父さん…」
父さんは今まで見たことがないほど、険しい顔をしている。僕は、身の危険を感じて後ずさる。
父さんはつかつかと僕に近寄ると、僕の腕を掴んだ。
殴られるかと思って身構える。
父さんは、僕の両腕の傷を見て、無言で僕のシャツをめくった。
「ちょ、ちょっと、父さんっ」
とうさんは、僕のカラダのアザを見て、肩の傷がないのを確かめ、それから、僕の腕を引っ張って、強引にソファに座らせた。
黙ったまま、足を持ち上げズボンの裾をめくり、足首を見る。
「他に傷は?」
険しい目で睨まれて、首を振る。
父さんは深くため息を着いた。
僕の対面のソファにどんと座り、僕を睨む。
「私は君が許せないよ、アレク」
思いがけない言葉が、胸にズキッと刺さった。
「君は、昨日の夜、黙って家を抜け出し、王宮に忍び込んで、盗賊に捕らえられ、飛んでくる弓矢を自分の体で受け止めた」
…言われてみると、なかなか大変だったな、昨日の僕は。必死だった。
「ニーナを助けたかったのは分かる。しかし、どうして私たちに相談しなかった? どうしてそんな無茶をした? そんな無謀なことをして、君に何かあったら、私や、君の兄さんや家のものが、どう思うか、どうなるか、考えたのか」
父さんの声が掠れていく。父さんが俯く。
「先ほど国王から話を聞いて、もう、心臓が止まるかと思ったよ」
父さんが泣いている……? 僕は胸が苦しくなった。
「父さん、ごめん」
「そんなに傷だらけになって…」
「父さん、ごめん」
返事がない。僕は立ち上がって、父さんを抱き締めた。
父さんが僕を抱き締め返してくれた。
「君はまだ15なんだ、もう少し私に守らせてくれ」
落ち着きを取り戻した父さんは、不機嫌そうになった。
「まったく、君は言うことを聞かないからね、外出禁止にしても逃げ出そうとするしね。王宮での事件でルナール家に不信感を抱いた私とオスカーは、ルナール家のことを探っていたんだよ。ルナール家のことが判明するまでは君を遠ざけるつもりだった」
「そういって説明しれくれればいいじゃないか」
「そんなこと言ったら、君は、尚更、ルナールのことを自分で調べに行こうとするだろ?」
「……」
「本当に君には手を焼いたよ。言っておくけど、今回は、私も相当怒ってるからね、帰ったら、覚悟しておくんだね」
……帰るのやめようかな。また外出禁止は嫌だな……。王宮にこのまま置いてもらうのも手かな。と考えつつ、上目遣いに父さんを見ると、父さんは意地悪そうな目で僕を見返した。
「うちを舐めちゃダメだよ、アレク。君もそろそろ気づいたと思うけど、うちには魔法使いがそれなりにいる。君を捕まえておくことは難しくないんだ」
僕は背筋が寒くなった。
「マリーから、君がフリシアのことを知りたがっていたと聞いた。今もまだ、聞きたいかい?」
僕は、頷いた。
「ニーナがフリシアの娘だと言うことは、出会った頃からわかっていたよ」
父さんの言葉は驚きだった。
「フリシアはとても美しい方だったよ。
見た目の可憐さとは裏腹に、元気な方で、小さな頃は城の中でもとびまわって遊んでいた。
私もはじめてお会いしたとき、空から降ってきたフリシアに腰を抜かしそうになったんだ。
ストロベリーブロンドの髪にブルードレスで僕の前に舞い降りてきて、天使かと思った。
城壁から飛び降りてきたんだよ、ビックリだろ。
その時はね、追っかけてきた国王様に捕まって、叱られながら担ぎ上げられて連れていかれていたよ。面白かったな。
私は魔力があったから、幼い頃から王宮で過ごしていた。君の母さんもね。私たちは幼なじみだった。
フリシアと君の母さんは親友だったんだ。
君の母さんも、なかなかのはねっかえりだったから、二人のいたずらを首根っこ捕まえてよく叱ったものさ。
大人になって、フリシアが海に行ってしまって、母さんはとても寂しがっていたな…。
ニーナが庭の東屋で私の前に舞い降りたとき、目を疑った。フリシアが戻ってきたのかと思った。
とても似ていたよ。ニーナが風使いだとわかっていたから、ニーナの行動を制限しようとは思わなかった。
フリシアのことをよく知っていたからね。」
父さんはそこで考えるように腕を組む。
「しかし、王宮で育ったフリシアでさえ、手がつけらないはねっかえりだったけれど、海賊の娘の破壊力は相当だね、神殿はひどい有様だったよ」
確かに、ニーナの母親は王女フリシアだけれども、父親は海賊モルガン一家の頭領だった。
モルガン一家と国王は先祖が同じだとリヒトが言っていた。
この国を建てた大魔法使いの末裔。昔二つに分かれた一族の、その両方の血をひくニーナ。
マルクスとリヒトも魔法使いだった。3人揃って、黒船を手に入れば、王都も破壊できるだろう。マジで。
「国王は、ニーナの魔力を心配していた。育て方によってはこの国の驚異にも救いにもなるだろう。王宮を破壊するくらい何でもないらしいと国王も言っていたから」
父さんが僕をまっすぐに見る。
「私たちは縁あって、ニーナを託された。海賊に育てられた王族で、風使い。フリシアの娘だから将来の国王候補でもある。なかなか手が掛かりそうだね」
父さんは嬉しそうだ。
「でもね、ニーナは根が素直で優しい子だと私は知っている。君を心から信頼していることもね」
僕は、ニーナが王女でも海賊でも、魔法使いでも構わない。ニーナは、ニーナだ。
「二人でうちへ帰っておいで、みんな待っているよ」




