89 潜入2
海賊達に捕まった僕は、乱暴に地面に投げ出され、倒れ込む。
酷い、僕は物じゃない、痛いじゃないかと、文句を言おうと体を起こす。
顔の前に、剣先を突きつけられていた。
うわお、もう、死んだ。これは、死んだな、殺されるな。
その剣が僕に突き刺さることを想像する。
恐怖が体を突き抜けて、自分でも驚いたことに、僕は、すっと冷静になった。
「このガキ、どうします? リヒト?」
僕に剣を突きつけるヤツの隣には、冷たい目をしたリヒトが僕を見下ろしていた。
「リヒトさん、やめましょうよ! 王宮に武器をもって乗り込むなんて! ニーナに何をさせる気ですか?」
ザクッと音がして、リヒトが僕の足元に剣を突き立てた。足ギリギリ…。
僕は、身を固くして、リヒトを睨む。リヒトは剣の塚をつかんだまましゃがんで、僕に顔を近づけた。
バシンと耳元で音がして頬が熱くなる。殴られた。
「口の減らないガキだな、お前、今、どういう状況かわかってんの?」
怒っているというより困っている表情だった。
「ニーナは、盗賊なんてしたがってない、皆さんも辞めてください、まだ、間に合…」
また、バシンと音がした。頬が熱い。続けざま、数回、往復ビンタされて、口の中が血の味がする。
「ったく、どこのバカが盗賊の後ろについて止めに来るんだよ。せっかくニーナがお前のことを逃したのに、ノコノコと舞い戻ってきやがって。捕まったら殺されることぐらい、わかるだろ」
リヒトの目が鋭く光る。眼力だけてヒトを殺せそうだ。怖い。でも、負けない。
「でも、僕は、ニーナを守るって決めてるんです」
「どうやって? こんなところで簡単に捕らえられているお前に何ができる? 魔力もないくせに」
僕は、ぐっと詰まって答えられなかった。悔しい。でも、リヒトを睨み続ける。
リヒトは、僕から視線を外し、ふとため息をつくと、
「いいか、騒いだら、口がきけなくなるまで殴るからな」
と僕に言い捨て、手下と思われる人に命じた。
「おい、こいつの手足を縛っておけ。まだ、殺すなよ。こいつを今殺すと、ニーナを制御できなくなる。俺らも王宮ごと吹っ飛ばされるぞ」
僕は、縛られて、転がされた。抵抗はしなかった。今の僕には、逃げる手立てが思いつかない。
リヒト達は、この場に留まって、何かの合図を待っているようだった。
静かに風が吹いて、王宮の庭で進められている儀式の音が微かに聞こえる。
虫の声がする。僕は、モゾモゾと体を動かし、起き上がった。
立ち上がることは難しそうだし、逃げ出す気もないので、座っていることにした。
リヒトが、ちろりと僕を見て、すぐに目を反らした。座っていることは許してもらえるらしい。
リヒトは、ニーナを制御できないとか、王宮ごと吹っ飛ばされるとか言っていた。
ニーナの魔力は強大なのだろう、たぶんリヒトより。
何が起きるのか、どうすればニーナを救えるのか、見極めたい。
後ろ手に縛られた手を動かしてみるが、縄はほどけそうにない。
いざというときは、このまま立って、両足でピョンピョン移動できそうかな。
きっと、リヒト達は、僕をここに置いておいて、次の行動に移るのだろう。
その時、何とかして縄を外さねば。ニーナを助けに行けない。静けさの中、僕は手立てを考えていた。
「おい、アレク。」
リヒトが僕を静かな声で呼んだ。
僕はリヒトを見る。
「おまえ、ニーナのことをどう思っているんだ。こんなことして、自分の命が惜しくないのか。海賊の俺たちが、怖くないのか?」
僕に同情しているような表情だった。
しばらく、リヒトの顔を見ていて、答えようかどうか迷う。リヒトが僕から目をそらした。
「ニーナは、僕を海に連れて行ってくれるって言ったんだ」
囁くように、独り言のように僕は話しだした。
「ニーナは屋根からの街の景色を僕に見せてくれた。僕の世界の見方は、ニーナと出会って変わったんだ」
風が吹き、僕の頬を冷やす。
「僕にとって、ニーナは、可愛くて、手が掛かる、すごく、すごく大切な人だ。ニーナは、もう、家族なんだ。……そのニーナが、昨日、苦しんでいた。黒船に呪われていると言っていた。盗賊なんてしたくないって言っていた。家族が苦しんでいるのに、ほっとけないよ。僕がニーナを守るんだ」
リヒトが、もう一度、僕に視線を戻した。じっと見ている。
「確かに、僕は、今、無様につかまって、縛られているし…。リヒトみたいに、強くもないし、魔力もないし、賢くもない。何ができるんだって、思うかもしれない。でも、そんなこと、どうでもいいんだ」
僕は、リヒトを真っ直ぐに見据える。
「できるかどうかなんて、どうでもいい。僕はやるんだ。必ずニーナを守る。そう覚悟を決めている」
突然、ごごごうっと、地響きのような音がしたのはその時だった。
ピカッと光が走った次の瞬間、バリバリバリッと音がする。地面が震えた。カミナリ?
人々の悲鳴が聞こえた方を見ると、木が燃えている。
リヒトが舌打ちをした。
「地下は失敗したか。乗り込むぞ」
周りの人たちが、さっと立ち上がった。
「こいつは?」
大柄な男が僕を顎で示して、リヒトに聞く。
「担いで連れてきてくれ」
「え?」
担ぐって、僕のこと?いやいや、僕は、ここで次の作戦考えているから、ここに置いてってください。
僕なんて、お荷物でしょ。
思わず救いを求める目でリヒトを見てしまった。
リヒトは、僕の視線に気付き、にやっとする。底意思悪そうな顔だ。
僕は、自分の視線が失敗だったことを悟って、血の気が引いた。




