88 潜入1
「坊っちゃま、お目覚めになりましたか」
イネスの心配そうな顔があった。
「あ、あれ? 僕、いつの間に寝てた?」
僕はベットの中にいた。
ニーナと屋根の上で話していて、ニーナが僕の口に小瓶を当てて……
「イネス、今、何時?」
「坊っちゃま、大丈夫ですか? 昨夜、寝巻きに着替えずにベットに入られていて、ずっと起きなくて、今はもう、夕方ですよ。あんまりお目覚めにならないと、お医者様に見ていただくところでした」
イネスが僕の額に手を当てる。
「熱もありませんし、お体は大丈夫ですか」
「うん、ありがとう」
「何か召し上がりますか」
「うん、お腹減ったな」
「では、ベットで召し上がれるよう、手配してまいります」
イネスはほっとした顔で、食事を準備しに部屋を出て行った。
イネスは、僕に優しい。僕を大切にしてくれていると知っている。
顔を合わすとすぐガミガミうるさいことを言うけれど、心配してくれているからだと分かっているし、今日もまた心配かけてしまった。
でも、ごめんね、イネス、僕は行かなきゃいけない。
ニーナを止める。盗賊なんかにさせない。
イネスが準備してくれた食事をとり、どうやら疲れているみたいだから、もう一度寝るよと言って、イネスに部屋から出て行ってもらった。
僕は、静かに、音を立てないように準備する。
この1週間、外出禁止を喰らったときに試した脱出方法の一つを使い、屋敷から抜け出した。
走って、王宮に向かう。
夕方といっても、まだ日が傾き始めたばかりだ。
星祭の王族の儀式は夜だから、間に合うはず。
王宮の神殿に行かなければならない。
そこに、ニーナはいるはず。
星祭で、街は人に溢れていた。出店が並び、家族連れやカップル、沢山の人々の笑顔で賑わう。
王宮の正門は、警備兵が立ち並び、街ゆく人は、その前を通り過ぎていた。
王宮の中に入るには、正門をくぐり、橋を使ってお堀を渡り、もう一つ門をくぐらないと行けない。
王宮には、たとえお祭りでも、王宮関係者以外は、簡単には入れない。
入り口で、警備兵に止められる。
僕は人混みを外れ、王宮の裏手の森に向かう。
でも、僕は、どうしても王宮に入り込まなければいけない。
そして、僕は知っている。
王宮に潜入する方法を。
そう、王族の緊急避難路だ。
ニーナやアンリ達と隠し部屋探しをしていて見つけた道。
あこそこなら、誰にも見つからず、王宮に潜入できる。
森の中に入り、あの時みた王宮の本殿と西棟の位置を確認しながら進む。
自分の記憶力に感謝した。
井戸を見つけた。
井戸は蓋が開いている。
もしかしたら、ニーナ達海賊モルガン一家がここを通って王宮に忍び込んだのかもしれない。
……ニーナは、そこまで計算してアンリ達と一緒にいたのかな。
いや、この避難路を見つけたのは、偶然だし、アンリのおかげだ。
余計なことは考えない。まっすぐにニーナへ向かわなきゃ。
僕は、井戸の中へ降りて行った。
旧神殿から出た頃には、辺りは薄暗くなっていた。
ありがたい。身を潜めるにはちょうどいい。
僕は、神殿へ向かう。
神殿は、王宮の本殿に近く、王宮の広大な庭園に面していたはずだ。
本殿を取り囲む樹木林を走り抜ける。警備兵には出会わなかった。
王宮の庭園が見えてきた。その向こうに神殿が立っている。
庭園では松明が焚かれ、明るい。
人々が集まって、何か行事が行われているのが遠目に見える。
ここからは足音を潜めて、神殿に進もう。
神殿に着いたら、外で隠れて待とう。
リヒト達は神殿近くにいるはずで、ニーナ達が王宮の地下から黒船を盗めたとしても、リヒト達のところに姿を表すはず。
ニーナを説得して、黒船を戻させる。
もしも、地下で失敗したら、ニーナ達は神殿に来る。神殿に入る前に、ニーナを止めなきゃ。
国王様に、ニーナが海賊だと正体がバレないようにしなくちゃいけない。
僕は神殿を見ながら走っていて、ふと、庭園を取り囲む樹木に、人らしき影を見つけた。足を止める。
数人が、木に隠れ、身を潜めているように見える。
そっと、近寄って様子を伺う。
もしかしたら、リヒト達かもしれない。
見つかったら、ヤバイけど、リヒトかどうかは見極めたい。
他の盗賊チームは居たりしないと思うけど……。
静かに近づくと、リヒトらしき人を見つけた。やっぱりモルガン一家だ。
リヒト達よりも先に、神殿に着かなくては。
僕は、人影を見ながら、ゆっくり静かに離れて、神殿へ向かおうと足を進めた。
で、転んだ。ドサッと音を立てて。
ほんとに、自分のドジさ加減が嫌になる。
慌てて、立ち上がり、人影の方を見ると、人影のほとんどが、こっちを見ていた。
……最低。
「お前…」
リヒトと目があった。うわっ、もう、ほんとに最低。見つかった。僕は、必死に走り出す。
「生け捕りにしろ」
リヒトの声が背中に聞こえる。
すぐに服を捕まれ、担ぎ上げられた。あまりにもあっけなく捕まってしまった。
やっぱり僕は足が遅い。




