86 正体
「俺たちは、海賊だった。海賊モルガン一家と言えば、海ではそれなりに知られていた。
しかし、このところ海軍がうるさくなってきて、海賊を続けるのは、難しくなった。
だから、俺たちは黒船に狙いを定めて、陸に上がった。
強大な魔力を手に入れるためにな。
あの船があれば、俺らの魔力は、増長される。
海を制することができる。
黒船が王宮にあることは知っていた。
俺たちが、なぜ、国の秘宝、黒船を知ってるのかって?
それは、お前も気づいただろう?
フリシアだよ。
フリシアは、ニーナの母親だ。
フリシアは、俺が5歳の頃に、俺たちの船にやってきた。
綺麗だったよ。
俺も、当時7歳だったマルクスも、フリシアに夢中だった。
でも、フリシアは、親父にゾッコンだった。
王女のくせに、海賊のどこが良かったんだろうね。フリシアはいつも楽しそうだった。
フリシアは、俺らに読み書きや計算、いろんなこと教えてくれた。
その中で、黒船の話がった。王宮の秘密、魔力のことも俺たちに話してくれた。
黒船は、魔力を封じ込めた船だ。遠い昔の大魔法使いの魔力をね。呪いといってもいいかもしれない。
昔、この国を作ったのが、今の国王の先祖、黒船に魔力を封印した大魔法使いなんだ。
そして、俺らモルガン一家も、大魔法使いの末裔なんだとさ。俺たちの先祖は二つに分かれた。
陸に上がった奴らは、黒船を封印し、王国を築いた。
海に留まったほうは数を減らし、俺たちくらいしか、いなくなった。
そんな俺たちのところに、強い魔力を持ち風を操るフリシアが来たんだ。
これは、黒船の呪いかもしれないね。
陸の奴らが黒船を封印したから。黒船は海に帰りたがっているんだ。
ニーナが3歳の頃、フリシアと親父は、高波にのまれて、たぶん、死んだ。
俺とマルクスは親父を継いで海賊の頭領になった。何とか生きながらえてきた。
でも、さっきも言ったとおり、海賊を続けるのは厳しくなってきた。
俺たちは、ニーナを利用して王宮に潜り込むことにした。
ニーナは、フリシアにそっくりだ。王家の奴らなら気づくはず。
フリシアは18年前に海賊と恋に落ちて王宮から姿を消した。王宮の奴らはフリシアを海で亡くなったことにした。時間の空白があっても、ニーナとフリシアを結びつけることは難しくない。
ニーナを王宮に送り込めれば、黒船に手が届く。
問題は、どうやって王宮に近づくか、だった。
俺らは、ルナールのおっさんには貸しがあった。
昔、殺さずにいてやったんだ。
ルナールのおっさんに、家を、街ごと破壊するぞと脅したら、わりと素直に協力してくれたな。
俺らを養子にして、金も出してくれた。
ルナールの財力を利用して、ニーナを教育し、2年かけて令嬢に仕立てあげた。まだボロはでてたけどね。
でも、まあ、貴族に近づけられるほどにはなったから、王都に進出してきた」
リヒトが話す間、ニーナは、俯いていて動かない。
「お前、王宮から帰ってきてから、お前の父親に何か言われなかったか? この1週間、ロートレック公爵家が俺らのことを調べまわってるってルナールのおっさんが言ってたから、俺らの正体に気づいたのかと思っていた」
……そうか、僕を外出禁止にして、ニーナのいるルナール家に近づけないようにし、父さんは海賊達のことを調べていたのか。
それならそうと、言ってくれればいいのに。
……まあ、そうと聞いたら、僕は、自分で調べに来てただろうけど。
どっちにしろ、外出禁止を無視して抜け出そうとする僕に、父さんがあれだけ怒っていた理由が、今分かった。
「ま、なんにせよ、俺たちの正体に気づくのが遅いよな。公爵家も王宮の奴らも。俺たちは、辿り着いた、黒船に。あとは黒船をいただいて海に帰るだけだ。
ニーナはよくやった」
リヒトは、ニーナの頭に手を置く。ニーナは俯いていて、表情が見えない。
「いや、本当は、ニーナがもう少し大きくなって、社交界デビューができるようになってから、どこかの貴族を誑かせて、うまいこと王宮に忍び込む算段だったんだぜ。
でも、お前に出会った、アレクシス。
公爵家のお前に近づけたことで、王族までの距離は飛躍的に縮まった。
まさか湖で王子を助けるなんて思いもしなかったことも起きた。
それも、王族専用の別荘地にお前たちと行けたからだ。
王都に来て、ニーナが社交界入りするまでに、後3年の計画が、たったの2ヶ月に縮まった。
感謝してるぜ、公爵様。
それとも、これは黒船の呪いかもしれない。あいつが俺たちを呼んでるんだ。王宮の地下から解放してくれって。
だからこんなにとんとん拍子に、俺たちは黒船に近づけた。
明日、星祭に紛れて、俺らは黒船をいただく。
うまく盗めればいいが、強力な結界があるから、もしもの時は、国王を脅して、結界を外させる。
星祭では王族だけが神殿に集まる時間があるんだってな、王子達が言っていたそうじゃないか。そこが狙い目だな。
さあ、全部話した。お前は役に立ってくれたからな。褒美だ。
さて、どうする? 俺らの一味に加わるか?
お前は、魔力を何も持ってないが、お前のことはニーナが気に入っている。
もしかしたら、何かあるのかもしれない。このニーナが、気に入るくらいなんだから。
お前、今世紀最大の魔法使いに気に入られているんだぜ?
お前が、家族や家柄も捨て、俺たちの元へ来るんなら、お前を受け入れてやるよ。
でも」
リヒトの瞳が怪しい輝きを放ち、僕を見据える。
「拒否するなら、今、ここで、殺す」
そうか。僕は、騙されていたのか。
ニーナ。
僕は、リヒトの目を見つめたままでいた。
「お前って、ほんと、怖がらないんだな」
ふっと、力を抜いた笑いをした。
「リヒト、少しだけ、アレクと二人で話してもいい?」
ニーナが、顔をあげた。無表情だった。
「ああ、でも、変な気を起こすなよ。こいつは全部知った。逃したら承知しないぞ」
「分かってる」
ニーナは立ち上がり、僕の方へ来る。
「アレク」
僕の手をそっと引っ張った。僕は立ち上がる。
ニーナはそのまま、僕の手を引いて、窓際に来た。
窓は開いていて、月が見える。雲一つない。きれいな月明かりだ。
「アレク、わたしの親友になってくれてありがとう……、でも、もう、親友でいられない……」
僕は、ニーナの緑色の瞳をみる。その輝きはいつもと同じ、綺麗だ。
「わたし、アレクが好き、あの月よりも」
ニーナが窓の外を見る。僕も視線を追って窓の外を見ると、さあぁぁっと風が吹いた。
ふわりと体が浮く感覚がした。
「待て、ニーナ!」
リヒトの声が下から聞こえる。
僕の体はいつの間にか、窓から出て、空に浮いていた。
窓際にリヒトが駆け寄ってくる。
「わたしは、ちゃんと帰ってくるから! でも、アレクは渡さない!」
ぐんと体が加速する。上空に向かって。
「こら、ニーナ!」
リヒトの声が追ってきていたけれど、その姿はもう見えなくなっていた。
僕はニーナと一緒に、月夜に浮かんでいた。




