75 王宮迷走8
「王子達はここに来たんだ。そして、ここで、何かあったんだ、蝋燭を放り出してしまうような…」
「ネズミ?」
ニヤニヤするニーナをひと睨みして、歩き出す。
通路は、長く続いている。
しばらく行くと、オスカー先生が足を止めた。
「先生?」
「いや、人の気配がしたような…」
キュキュキュっとまたネズミが走り、僕は、また、うわっと声を上げとびあがった。
「あははは、アレク、やっぱりネズミが怖いんだぁ」
嬉しそうにニーナが言う。
「アレクの弱点はネズミかぁ、ふっふーん」
「…ニーナ」
僕は、なるべく笑顔を作ってニーナの前に足を止める。
「僕は、君の頬っぺたがどれだけ伸びるか、一度、試してみたかったんだ。」
そういってニーナの両頬を思い切り摘まんでやろうとてを伸ばして、素早くしゃがんだニーナに逃げられた。
「じょーだんだって、アレク!」
「こら、待て、ニーナ!」
人をからかって!とっちめてやる!
先に走り出したニーナを追いかける。
「先に行くんじゃない!」
先生の声が追ってくる。
その時、微かな人の声がした。足を止める。
「…アレク?…ニーナ?」
ルノーの声だ。
通路の先から、ひょっこりと頭が覗いた。
僕とニーナは駆け寄る。
「ルノー様! 無事だったんですね!」
通路に細い脇道があった。
「アレク、ニーナ! 来てくれたんだ!」
ルノーが泣きそうな顔をしている。
「アンリ様は?」
「ここだよ」
アンリは座り込んだまま、青白い顔をしていた。
「アンリ様! ご無事ですか?」
アンリは、首を傾げた。
「兄上は、襲われて逃げるとき、足を捻ってしまって、歩けないんだ」
「襲われた?」
「ああ、この先に、鎧を来た兵士がいる。言葉が通じないんだ。」
アンリは、眉をひそめる。
こんな場所に兵士?もう少し話を聞こうとして、オスカー先生の声がした。
「アレク、見つけたのか?」
脇道から顔を出す。
「先生、2人ともいました!」
オスカー先生と、リヒト、マリーが駆けつける。
「捻挫しているね、だが、そうひどくはない。肩をかせば歩けるね?」オスカー先生の言葉にアンリは頷く。
「でもその先で、鎧を来た兵士に襲われて、また襲ってくるかもしれないと思って、動けなかったんです」
ルノーが、アンリを気遣いながら、オスカー先生に言う。
アンリが、青白い顔で話し始めた。
「その先を進むと、風が吹き込んで来たから出口が近いのかと思ったんです。風の方へ向かうと、大きなホールのようなものが見えてきたんですけれど、すぐに、ガチャンガチャンと重そうな金属音が聞こえてきました。暗闇から、鎧の軍団が僕達の方へ迫ってきたんです。『僕は、王子のアンリだ。お前たちは何者だ』って、言ったんですけど、止まらず、剣を持って向かってきたから、慌てて逃げて引き返して来たんです。この脇道に入って、二人でじっとしていたら、鎧たちの音は通りすぎていったけど…、なんだろうあの兵隊は…。」
「わかった、わたし、見てくる」
ニーナが走り出そうとして、リヒトに服を捕まれていた。
「馬鹿、一人でいくな。俺も行く」
「いや、君たちは武具がないではないか、私が行ってこよう。ここで待っていなさい。」
オスカー先生が、リヒトとニーナに言う。
「ああ、武器ならなんとかなるよ、俺とニーナのことなら、心配は無用だ」
リヒトがニヤリと笑う。いつの間にか口調の丁寧さが消えている。これが本当のリヒトなんだね。
「君たちは…」先生が二人を見て、息をつく。
「じゃ、僕も行く」
「アレクは、ここにいなさい」
「嫌だ」
先生の目を真っ直ぐ見る。ニーナが行くなら僕もいく。僕がニーナを守る。
「わかった」
先生が僕の頭に手をぽんと置いた。
「では、私が、王子様方をお守りしましょう」
マリーが、アンリとルノーのそばに片膝をついて寄り添い、オスカー先生を見上げた。
「そうだな、マリー、お二人を頼む」
オスカー先生は、屈んでマリーの肩に手を置く。
「もしも、しばらくして我々が戻らなければ、お二人を連れてここを出なさい。お前の判断に任せる。お二人の安全の確保が第一だ。できるね?」
「かしこまりました。オスカー様」
マリーは、にっと笑った。
マリーには、「二人を連れてここを出る」ことができるんだ……。歩けないアンリを連れて行ける。
そして、それができることをオスカー先生は知っている。
僕の家には、僕が知らないことが多くあるらしい。
でも、僕は確信した。マリーも、魔女だ。
「いいね。マリー、お前、ロートレック家を辞めて、うちに来ない? 高待遇で迎え入れるぜ?」
リヒトが、ニヤニヤしながらマリーを見る。
マリーは冷たい目をリヒトに返した。
「もう、リヒト、変なことばっかり言わないで。マリーはわたしの大事な人なんだからね、リヒトに手は出させない」
ニーナが、リヒトとマリーの間に立つ。
「なーに生意気言ってんだよ」
リヒトはニーナにデコピンした。
「リヒト!」
ニーナがリヒトに殴りかかり、リヒトはそれをヒョイと交わすと、ニーナを肩に担ぎ上げた。
「いやー、降ろして!」
「お兄様に刃向かう悪い子は、そこで反省しろ」
「おろせー」
「兄妹喧嘩している場合じゃないと思うんですけど」
僕が、二人を睨むと、リヒトは「おう、すまんすまん」とニーナを下ろした。
ニーナは走って、マリーに抱きついていき、リヒトにあっかんべーをしていた。
王子達が、二人の様子を見て吹き出した。よかった、少し元気になったらしい。
「リヒトって、そんな面白い方だったんですね」
アンリの顔色が戻ってきていた。
「あ、ヤベ」
「あーあ、リヒト、化けの皮が剥がれている。マルクスに怒られるー!」
ニーナがマリーに引っ付いたまま、リヒトをニヤニヤ見ていた。
リヒトは悔しそうに押し黙っている。
「こちらを」
マリーが王子達に水筒とクッキーを差し出す。どこに持っていたんだろう。
王子達は嬉しそうに口にしはじめた。
「そろそろ、鎧の兵隊とやらを見にいくか」
オスカー先生が、リヒトを見て言った。




